作品

山形県酒田市に住んで思うこと

山形県酒田市に住んで思うこと

作者:
hamakenさん[1523]
カテゴリー:
小説・エッセイ・ノンフィクション
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友だち

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作成日

2011-11-22 10:25:41



山形県酒田市に住んで思うこと

 50年ぶりの小学校の同期会で一番多かった質問が、「なぜ東北地方に引っ越したのか?」だった。山形県酒田市にいわゆるアイターンした理由は、もちろん連れ合いの出身地ということが大きいが、僕自身が「在日東北人2世」という意識を強く持っていたことも大きい。
 因みに両親は福島県浜通りの双葉町の出身である。東京電力福島第1原発のお膝元、今は全域が避難地域であり、埼玉県加須市に「亡命」町役場があるあの町だ。
 気になるのは、「なぜ東北に?」という問いの中に、東北への偏見が含まれてはいないかということだ。
 大学時代のコーラス仲間の1人も「なぜ山形なんかに行っちゃうの?」と叫んだものだ。彼は千葉県の成東の出身で埼玉の秩父で教師をしていた。九十九里の成東も、今も狼がいると囁かれる秩父も、酒田よりはよほど僻地だと思うのだが、その彼にして「山形なんか」なのだ。
 小学生のころ、家に遊びに来る友は、祖父の言葉が理解できなかったようだ。当時の浜通りでも老人しか話さないような古風な方言は、友だちには外国語のように聞こえたことだろう。その後立派な(?)不良少年になった友の1人は、中学時代「カッペ」という言葉を連発したが、そのきっかけは我が家でのカルチャーショックだったにちがいない。
 ぼくはこの「カッペ」という言葉が大嫌いだった。中野区あたりの住民のほとんどは親や祖父母が地方出身のはずなのに、なぜこれほど地方の人を蔑視するのか?
 忘れもしない、遠足で観光バスが多摩川を渡り、川崎市に入ったとたん、窓を開けて歩道を歩いている人に向かって「カッペ!」と叫ぶやつが必ずいたものだ。
 ぼくは東北大学と横浜の大学を受験した。結局東北は受からず、横浜に決まったのだが、高校の級友の1人に「浜田、都落ちかよ!」と言われたものだ。東京人には横浜ですら「地方=田舎」と映るということか。
 そして、その田舎の最たるものが東北地方ということになるらしい。
 もっともぼく自身、東北大を受けるにあたって「どうせ予備校にも行ってないような田舎の子が受けるのだからちょろいものだ。」という気持ちがなかったとは言わない。そして、見事に不合格だったというわけである。東北人=田舎者というぼくの中の偏見が打ち砕かれた瞬間である。

 3月11日の大震災の後、被災地の人々の忍耐強さが、東北人の気質と結びつけて賞賛されたことがある。そのころ某タレントが、「ほら、東北の方って素朴じゃないですか。」と言ったものだ。なんだか「素朴な先住民」とか「高貴な野蛮人」などというのと同じ響きだ。「素朴だと?」ぼくはラジオに向かってスリッパを投げつけたくなった。あいにく履いていなかったので、投げられなかったけれど。素朴ってのは上から見下ろしながら誉める言葉だ。そのタレントは本職は噺家だそうだが、東北で高座に上がるときには、「素朴」な客に合わせて一席伺うのだろう。
 誤解されては困るが、個人個人の差別的態度や発言を責めているわけではない。差別には必ず歴史的な原因があるはずであり、それを考えたいと思うのだ。よく言われるのが、幕末、明治の戊辰戦争である。秋田藩などごく少数の藩を除いて、東北の多くが奥州列藩同盟として新政府軍と戦い敗北した。だがそれだけが差別の理由だろうか。
 在日東北人2世として感じているのは、東北人自身に東北を卑下する気持ちが潜んでいるように見えることだ。もちろんそれは個人差や地域差、世代間の違いもあるのだろうが。
 戊辰戦争よりはるか昔の、この国の成立にかかわる大きな原因が横たわっているのではないだろうか? そのあたりについては、いずれ機会があれば書いてみたい。

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