華扇
木々の若葉の向こうに、鶴ヶ城の天守が陽を受けて、輝いている。
智香は差し込む陽の光を感じて、起きる。 部屋の窓を開け、鶴ヶ城を仰ぎ見る、吹き込む風が柔らかく、東北にも遅い春が訪れて来た。 智香の家の朝は多忙である。専業農家である、父、東山菊治、母の多恵はとうに畑に出て、今日、道の駅、あいずに運び込む野菜の収穫を終えている。智香が下に降りると、母は忙しそうに、朝食の支度をしている。 智香の家屋は古い、おそらく、明治の建物であろう、屋根は瓦に変えてあるが、元は茅葺きだったと言う。だから、未だに土間が広く、竈がガス台になってはいるが、使い勝手は悪い、楽に感じるのは、流しが広いし蛇口も個々に水桶がある事だ。 「おはよう」 母は朝食の汁の具を刻みながら、同じように応える。父は外のようで、姿は見えない。 母と並び洗面する、水が冷たく、頬を絞める。 「貴女、食べたらば、遅刻しないように行くだよ。儂等は野菜持って行くだで、後に食べるがよ」 「うん」 「そうだ、食べた器、洗っとくだど、昨日も一昨日も、流しに置いてあったがね」 「時間無いがね。気にはしてるがも」 「そんげ事言っとると、何時までも嫁っ子の声がかからんが」 「未だ早くないがか、心配すんの」 「そんげ事ねえ、あっと言う間に歳取るだでよ」 昨今、繰り返されてる会話である。智香は小言が増えるので、納得した素振りで、曖昧に返事する。 最近では、両親は、道の駅が出来て、収穫野菜や、山で取る、うど、筍、ぜんまい、たらの芽等を売れるようになり、現金収入が増えたと喜んでいた。以前は農協を通して出荷してたが、サイズを揃え、手間をかけた包装梱包で、価格も今より安かった。 智香が着替えて、台所に戻った時にはもう両親は居なかった。食事をし、そろそろ厳しく母から叱られる限界だなと思い、食べ終えた食器を洗い、バッグを持つと、玄関に止めてある、軽ワゴンに乗り市内の勤務先に走らせた。 智香には、姉が居る京香である、自分より四歳年上の二十八歳、東京でデザイン会社に勤務している。高校を卒業後、都会の大学に進学、そのまま就職した。就職当時は盆と正月に帰郷していたが、今では多忙を理由に正月だけ帰って来るが、四日には慌ただしく戻って行く。その為か、智香は地元の大学以外選択させてくれなかった。幸い合格したから学園生活も楽しめたが、不合格なら、高卒就職となるところであった。姉は仕事の兼ね合いもあるのだろう、帰郷する度に華麗な都会娘に変身し、智香にも、就職口は世話するから出て来いと誘うが、姉と違い少し臆病なのか、断っている。両親を残すのも不憫との、配慮もある。 祖父母は幼い頃、両親に連れられて、北海道、余市で過ごしたと言い、両親になって会津に戻り、今の農業を始めた。百年以上前の明治維新の事である、教科書で習ったが、全く実感が無い。 智香は地元産品問屋である、社員百数名程味噌、醤油、酒、民芸品何でも扱う、万屋的趣の会社である、勤めて二年、三年目に入るところ、ようやく慣れて誤りも減り、苦言も減っていた。 勤務当初は、数量、品物を間違え、上司である、係長井口伸一から叱責を受ける事も多かった。同僚で一年先輩の多田加代は、自分でしっかり確認しない、係長の責任じゃないのと慰めてくれていたが、落ち込む事もあった。係長は大らかな性格で、根に持つような事が無く、叱責を忘れて接してくれたので、助けられた。 井口の家にも、多田さんと一緒に招待された、井口は三十五歳、ぽっちゃりとした美人の奥さんで、子供も男の子二人、明るい家庭で、将来自分もこのような家庭を持てたら良いなと羨む。手料理でもてなす奥さん、無邪気に騒ぐ子供、ほのぼのとした優しさが充満していた。井口も子煩悩なようで、子供が無心に戯れていた。 智香はタイムカードを押して、机に着きパソコンを開き、洗面所にある雑巾を持って、係長以下、十名のテーブルを拭く、同僚の多田加代が、係長の井口が出社して来た。 「おはようございます」 「おはよう」 「おはよう、風が優しくなって来たげ」 智香はパソコンを見る、朝一番の仕事は発注の数量、品を確認し、出荷の指示を送る事である。智香が漏れの無いように確認をしてると、課長の中田に、係長の井口と一緒に呼ばれた。 課長は呼んだ二人を伴い、常務で愛業部長の部屋に入った。 品川部長は三人を応接の椅子を勧めると 「実は、当社で製品宣伝を企画してるのは知ってると思う。単刀直入に言うが、そのキャンペンガールを、東山さんにやって貰いたい」 「え、私だかね」 「そうだ、当初委託の広告会社でプロの人を予定していたがも」 「そうで無くとも、産品宣伝の姫様が居られるでしょうがね」 「広告会社もそのつもりでいたべが、カメラを持ち込んで、サンプル撮影をしに来た時に、東山君が目に止まったと言うがよ」 智香はあっけに取られて、言葉が出ない。 「東山君、どうがや、やって貰えねがか」 「私、困ります」 「直ぐとは言わんがや、考えてくれねがか」 「はい」 三人は部長室を出て、席に戻る。 席に着くと隣の多田さんが話かけてきた。 「何んの話があったんげよ」 智香は隠しても、知れる事なので素直に話しをした。多田さんは驚いて 「すっごい事になったがした。スターの階段だがね」 「そんな訳無いが、先走りだがよ」 この話は直ぐに社内に広まってしまった。 でも智香は臆病な自分には出来ないと、断ろうと決めて、数日置いて係長を通じて中田課長に話してもらった。諦め切れなかったのか、智香は部長に再度呼ばれた。 「東山君、課長から聞いたがよ、もう一度再考してくれねがか」 「私、そんな、大役出来ねがね」 「駄目かね、困っただな」 「私、未だ聞いて無えがも、姉が東京に居りますが、私より、積極的な性格でどうだがか」 「姉さんか、写真あるがか」 「家にあるで、明日持って来ますがね」 「取りあえず、見せてもろうて、それで宣伝会社の方と相談してみるべ。じゃ頼む」 智香はとっさに名前出した、姉、京香の事後悔したが、自分よりは、姉の方が性格的に向いてると思った。 翌日、智香は正月に二人で撮った写真を、部長に連絡先を記して渡した。 部長は、暫く預からせてくれと、智香に言った。 早速、帰宅すると姉から電話が来た。 「智香、何言ったの、もうびっくりしてるのだから」 「お姉ちゃん、私、会社の商品の宣伝写真を頼まれたがよ、でもな、自信無いから断っただ、そした時お姉りゃんなら出来るがと思って勧めたが、お姉ちゃんに聞いてから言えば良かったがも、悪いかった」 「貴女の会社の事でしょう、自分でしなさい」 「それでも恥ずかしがってな」 「人から、褒められたり、勧められたりする機会何て、そう無いから、思い切ってやってみなさい」 「でもな」 「絶対に良い経験になると思うの、それに 宣伝担当、光来企画でしょう。私知ってるの信頼出来る会社だし、大丈夫上手くやってくれるから」 「そうだがか」 「雑誌の広告に載せるだけしょう。テレビで放映される訳でも無いし、大層に考える事でも無いと思うけど」 「そうなんだけどね。私の勤めてる所大会社でも無いからね」 「人生何が起こるか、判らない面白いじゃないの」 「お姉ちゃんの性格なば、やるかも知れないけど、私なば」 「積極的に前向きに、変えなさいよ。意気地無し、自分でやるのよ」 「どうしたら良いか、判らなくなってきた がよ」 「判断出来ない時は前に進むの、今度帰郷した時楽しみにしてるから、判ったね」 「うん、そしてみるがか」 「絶対にやるのよ。何かあったら相談して じゃ、またね」 姉からの電話は切れた。両親は普段と違う会話から、不測の事態でも生じたのかと、心配そうにしてたので、智香は事の経緯を掻い摘んで説明した。 「そげん事があったがか」 「会社勤めも色々あるがやね」 両親は京香のように、都会に出て行く事で無かったので、安堵したようだ。 智香は三度品川部長に呼ばれた。 「どうだがや、宣伝会社では東山君にお願いしたいと言うきとるが、それにな今度の広告は、市の商工観光課も乗り気なんだがや、やってもらえんがか」 「市役所もやるんだがかね」 「そうなんだ、一応会津若松市の産地商品の企画なんだがよ」 智香も困ってしまった。思考して 「んだば、やってみます、自信無いだも」 「良かった、それでは頼んだが」 姉の後押しもあって、智香は引き受ける事にした。 二日して、智香は応接に呼ばれる。 応接室に入ると、品川部長と初めて会う三名が既に座って談笑していた。品川部長が紹介してくれる。 「こちらが、市役所、商工観光課の川俣雄介さん、そして宣伝会社、光来企画の阿部隆一さんとカメラマンの北本満さんだが」 紹介された三名から、名刺を渡されて 「早速だけど、予定を決めようか」 光来企画の阿部さんが、手帳を広げて、打ち合わせを始めた。大方の話し合いは終えていたようで、明日、市産業会館で写真撮りをすると言う事になった。カメラマンの北本さんが、十時から始めようと言う。 智香は翌日出社すると、遅刻してはいけないと早めに、係長、課長に挨拶して産業会館に向かう。産業会館の受付で 「北方産業から来ました、東山智香です、 写真撮ると言われてますが」 「聞いとりますが。此方へどうぞ」 産業会館の陳列されてる、味噌、醤油、酒民芸品が並べてある中を通り、スタジオ室に案内された。隅に置かれた椅子に座り、不安な気持ちで待ってると、少し遅れて、カメラマンの北本が数名のスタッフと写真機材を持って、一緒に入って来た。 「待たせたか、ご免ね。始めよう」 「よろしくお願いしますがね」 「東山さん、こちらにお願いします」 女性のスタッフに呼ばれて行くと、写りを良くする為にメイク、髪を揃えられる。用意されてる衣装に着替えさせられて、地元産品を並べたり、持たされたりの、動作をしたりして、写真を撮られる。途中カメラマンの北本が、 「深呼吸して、はい、さり気なく。そうそう、少し顔を右に、笑顔。チョット上向き」 まるで、人形を扱うような仕草、左右の銀板が鏡のように光を反射する。あっと言う間にお昼時間となる。 「休憩して、お昼にしようか」 北本が声をかける、隣の部屋に移動する、スタッフに一名が弁当、お茶を買いに走る。 午後も撮影が行われるようだ、慣れて無い事で、緊張していたので、疲労感もある。 皆で買い求めてきた、弁当を食べながら、 カメラマンの北本達が話しかけてくれる。 「東山さんは市内にお住まいなの」 「んだ、でも外れだけど」 「ご両親はお勤めですか」 「うんでねえ、専業農家だ」 「良いわね、新鮮野菜に美味しいお米毎日食べてるんのね。だから肌が瑞々しいのね、メイクした時感じたの、貴女、肌綺麗だね」 「普通だと思うけど、恥ずかしいが」 「何か趣味でもあるの、聞かせて。貴女知ってると思うけど、雑誌で会津若松市の特集を載せるのよ、今回はその写真撮り」 「初めて聞くだ、私ね、織物してるの、子供だましみてだけど」 「着物とか帯とかを織るの」 「そんげ大きい物は出来ね、テーブルマットとかスカーフ、小物入れ程度だけんど」 「じゃ、販売とかも」 「うんだ、此処には無えども、みちのえきあいず、でね」 「知ってる、確か寄ったわね」 「俺達が食事したよ、そばとか食べた」 「そうか、それも乗せれるように記事取材しとこうや」 「だも、会社に言って無えだで、困るだ」 「大丈夫だと思うけど、趣味の訳だし」 「うんだもな」 智香は会話に乗り、余計は事を言ってしまったと反省したが、戻せない困った。 「でも、会津は激しい戊申戦争の舞台になったでしょう。すっかり変貌してると思っていたけど、結構古い建物が残ってるのね」 「私に家も古いだで、築百年以上だと思うげな」 「それも取材しておこう、原稿に限りがあるので全部は無理と思うけど、多めに取材しておけば、編集も上手く行くよ」 「東山さん、貴女の家取材させてよ」 「聞いてみねば、返事出来ね」 「住所教えて、私達挨拶に行くから」 智香は渋々、紙に住所を書く 「一応、取材は土日の休日を、予定すると思うけど貴女居るよね」 「予定無えだも、みちのえきに行くかも知れねえだ。両親も野菜持って行くだでね」 話は予想外に展開を広げていた。午後はスタジオを出て、古い町並みでの撮影が行われた。観光客が何事かと珍しがってる、視線を感じながら、北本の指示に表現、仕草を変えながら、陽も斜きかけていた。会社に戻った時はもう暗くなっていた。会社に戻った時殆どの社員は退社しており、自分の担当部署で、井口係長だけが席に居た。緊張から解放され、ただいま戻りましたと挨拶すると、席に座っていた井口係長が、暖かいお茶のペットボトルを差し出して、労いの言葉をかけてくれた。 「どうだった、疲れたがか」 「初めての事ばっかりだで、もう緊張して何したか、憶えてねえ」 「だよな、判るが」 「何か、会津の特集なんだと、係長知ってたがか」 「何と無くな、でも詳しい事は聞いてねえがよ」 「それでな、私、織物趣味にしてるが、みちのえきで並べてみねかと言われて、飾ってあるが、それも取材したいと言うがよ。それ会社に知れたら困るがよね」 「それぐらい良いと思うが」 「そうだろか、心配だ」 「何か言われたら、俺も力貸すがよ。だって無理矢理、話持って来た方が悪いがし」 智香は暫く休み、係長と退社した。 帰宅すると、囲炉裏の処で夕食の支度がしてあり、両親は食事せずに待っている。両親の農作業は常に早く終えてるのに、夕食は一緒と決まっていた。着替えて囲炉裏を囲み、母と向かい会わせに座る。以前は姉の席でその前は母が座り、母の処に祖母が、姉妹は父の前で並んで食べた。それ以前の記憶は無い。 今時珍しい箱膳での食事である。 父はお酒を飲みながら 「今日は疲れたべ」 「あのな、お父さん、此処の家も取材するだと」 母が慌てた。 「こんげ古い家撮ってどうするがか、汚れているし困ったがね」 「今更慌てたって、何も成るべ」 「近い内に挨拶来ると言われたが、姉ちゃんも知ってる会社だがね」 「京香の知り合いか、尚困るべ」 「深い知り合いでも無いらしいがも、姉ちゃんも言ってたがや」 「どうしましょう、お父さん整理しようにも判らんがし」 「慌ててもしょうが無いべ、古いげな」 父は諦め、母は狼狽えていた。 やっぱり取材に来た。父と母は予め挨拶を受けていたので、スタッフのなす儘に任せている。奥に置かれた織機、智香の織る仕草も撮られた。二階の蚕棚も 「養蚕もしてるのね」 都会の人には珍しい、触ったり、持ち上げてみたり、扱い方を聞かれたりして、これも写真に撮られた。春未だ早いので、飼育は始めていない、これからだ。でも白い蚕の蠢き桑の葉を食べるのを見たら、驚くだろうなと智香は思う。 慌ただしく、宣伝会社での仕事も一段落し智香は又通常の業務が、それでも智香の事は社内で知れて、何かと聞かれたりする。どちらかと言うと消極的は性格だったので、社内で声をかけ、親しく接触してる人も少なかったのだが、すっかり変わった。業務のパソコンに、メールが入って来たりもする。その都度、少し産品と一緒に数枚の写真を撮った程度で話題にするような事もありませんでしたと簡単に返信していた。 智香は会社に社内食堂の施設がなく、社内の大方の人は、仕出しの弁当を頼んだり、外食で済ましていた。智香は家から弁当を持参していた。お昼は休憩室で、女子社員は数名 程の親しい仲間同士で食べており、智香も同僚の多田さん、総務の木村かなえ、石井美枝 、配送の大倉知恵さん等と一緒に食事してる 折りに、聞かれる事もあった。 同僚の多田さんは、社交的で社内で友達も多い、食べながら話題にする。 「演技して、動画とかも撮ったが」 「憶えてねえ、緊張してたがって、言われる儘だったやってたがね」 「メイクさんも居ってげ、まるで女優さんだべ」 「大げさに言わんだよ」 智香が簡素に受け答えする事もあって、次第に会話も他に移っていた。 宣伝会社も編集とか、他社からの受注もあるのだろう、その後の連絡も無かった。 智香はみちのえき、あいずに自分で織った商品を並べて貰ってる事から、あいずの販売担当している、大村喜一から時折、販売状況在庫のメールを受けていた。当初は趣味で作っており、販売等考えていなかったが、父母が野菜、米を持ち込み販売委託しており、会話の中で、話題となり、並べられる事になった。智香は代金を貰える程、綺麗に出来て無いと固辞したが、みちのえきでも、来客者の目先を変える意味もあり、並べてくれと言われ了解した。だから、正直、多くは売れてない。智香はそれで良いと思ってる、自分一人で織り、作成してるので、多く作るのは難しいのだ。 智香は月に一、二度顔を出す。それも休日閉店少し前、来客者の少ない時間を見計らいながら。テーブルクロスの在庫が少なくなったと、メールが届いていた。事務所を開け 「こんばんわ」 「やあ、来たべな」 事務所長の志田次郎が返答する。父母が毎日のように来る事もあって、馴染みの間柄である。 「大村さんから、クロス減ったがと言われたで、持って来ましたがね」 「そうだがか」 所長は、知らないようだ。もっとも在庫管理等細かい事は大村の担当である。土産物、農産物、産品等に加えて、従業員の確保とか仕事は多い、所長一人で掌握は無理だ。 智香は事務所を抜けて、売り場に入る。 売り場に少し来訪者が、レジでパートのおばさんが応対しており、大村さんは商品の点検を、忙しいそうにしていた。智香は手の空くのを待ち、お土産品を眺める。智香の小さな売り場、商品は並べてあるが、客は居ない。 暫くしてると何時の間にか、智香を見つけたようで、近くに来て。 「智ちゃん、来てただがか」 「こんばんわ、クロス減ったとメール来たが、持って来たがね」 「ああ、そいがな、この前カメラ持った人が来たがよ、あいずの写真撮ってたが、特集に載せるがと」 「へえ、そんげ人来たがか」 智香が撮られて事は知らないようだ。内心安堵しながら、惚けていた。 「宣伝になるが、智ちゃんのも売れるがと思うたげな」 「私のは、関係無いがよ」 「最近は結構遠くからも来てるが、野菜が一番売れるげもな」 「母も喜んでるが、何時もありがとな」 「別に智ちゃんの処ばかり、勧めてる訳でね」 「でも、感謝してる。農協にも出してるがも、こっち方が手間掛かからねで、助かる言うがよ」 「朝取り野菜だと、評判良いべ。売れてるがよ。所長も喜んでるがし。俺も失業心配せんで良いしな」 「大村さんは心配無いがよ」 「どうだ、お茶での飲んでかねか。時間あるべ」 「うだね」 「事務所で待ってれや。もう直ぐ閉めるげした」 智香は事務所で椅子に座る、所長は伝票整理に忙しいのか、夢中で処理してる。智香は近くにあった、雑誌をめくり見ていた。 「智ちゃんこれ持って行かんねか、岩魚の甘露煮だ、父ちゃんの酒のつまみになるべ」 「ありがとな」 「賞味期限間近いべ、早めに食べてな。俺も貰うたがし」 大村は時々、みちのえきで売り物をくれる賞味期限が来た、売れ残りである。 「智ちゃん、俺な、五月に結婚する事にしたが、お前えの会社の大石友里恵とな。彼女から話あると思うがも、出席してくれ」 「そうなんだ、此奴結婚決めたがし」 所長も聞いてた、話に乗ってきた。会社の営業に居る、大石友里恵だ、大学の同級生、でも選択学部も卒業高校も違い、入社するまで知らなかった。社内に居る時は一緒に昼食する友達で、交わし合う話題に中で、恋愛関係にあるのは知っている。積極的で明るく朗らかな可愛い娘で、一緒だと楽しい。 「お目出度とな、出させて貰うがね」 「うん、よろしくな」 彼女は喜多方市出身で一人暮らしをしていたので、数回寄せても貰っていたが結婚するのは聞いて無かった。 数日して、仲間同士の昼食に友里恵が加わった時、友里恵から正式に招待状を三人は貰った。木村かなえが言った。 「随分、急だが、さては」 友里恵がそっと打ち明けた。 「実はな、赤ちゃん出来たがね」 「やっぱしな」 「何時予定日なんだ」 「一二月だ。驚いてな親の相談したがよ、怒られた」 友里恵は笑っていた。でも何処か嬉しそうにしてる。 結婚を機に退社するつもりだと言う。そして産休してから、みちのえきで一緒に仕事する予定だと。 「少し、早いと思ったも仕方無えべ」 友里恵はお腹に手を当て、広げる。 「危険日知ってたが」 「知ってたけど、成り行きで拒べねが、女は」 「だよな、判るがね」 「でも結婚するんだし、良いがよ」 「うん、親にふたりで挨拶した時、彼困ってた、可笑しかったがよ」 昼の話題は、すっかり友里恵の事だけで終わった。 「だば、出席で良いがよね」 「行く、着飾って行くが。出会いも期待してな」 「そだな、智香、見初められたり、期待してな」 智香も恋人いないし、他もいないようだ。 そして、退社間際に智香は中田課長に呼ばれた。 「これな、会社からのこの前の撮影のお礼だと」 「仕事だに、貰って良いがか」 「部長から渡されたが、受け取っても貰わねばの」 「はい、ありがとうございます」 お礼を言い席に戻ると、多田さんが聞く 「何だったんだ、課長の話」 「この前の撮影のお礼だと、渡された」 熨斗を開けて見ると、新札が五枚入っていた。 「臨時収入だが、御馳走しない」 「良いよ、食事に行くかね」 智香は母に夕食済ませて帰ると電話して、多田さんとレストランに行く。性格もあり、草々立ち寄る事も無い日常で、気分転換にもなるし、日頃親切に接してくれてるお礼も出来る。駐車場に向かう間、多田さんが言う。 「私以前から、行きたいと思って処あるが其処にしないがか」 「うん、任せるがね」 多田さんの車の後を追い、見失わないように着いて行く。モンテリーナ・巴里、市内では有名なレストランである。智香は初めて、でも美味しいとの評判は聞いていた。 ふたりは接客係りのボーイに案内されて、席に着く。慣れない場所で気後れする。 メニューの案内をボーイがする。ディナーコースが三種書き込まれて、価格も提示してある。子羊のステーキコースと海老鯛の魚コースを頼む。ふたりは車である、ワインの替わりにジュースを貰う。ふたりはチラチラと周りを見る、客は半分程であった。ジュースとオードブルが運ばれ、ふたりはグラスを挙げた。 「やっぱ高かったが、ごめんね」 「良いわよ、臨時収入だがし」 並べらられてる、ナイフ、フォークに戸惑いながらも手を付ける、美味しい。 食べ終えたのを見計るように次にパン、ポタージュがメインデッシュが、彩り綺麗に盛りつけてある。 「美味いべ、高級店は違うがね」 「美味しいな、それに綺麗だがね」 ふたりは小声で会話しながら、食べる。 「もうすぐ、春だね、雪っこも溶けたし」 「だね、新人来っか、今年も時期だがね」 「私達の所、配属無いが、美人ふたりがおるがし」 「そうだがね」 互いで笑顔で言う。車を走らせてると大分木々の新芽も出て、梅の花の香りもする。 智香は帰宅した。父母はのんびりとテレビ を観ていた。着替えて、風呂に入り居間に座ると父母に言う。 「父さん、今度東山温泉でも行かねがか」 「何だ、急に温泉だ何て」 「何した、温泉行くだ何て言い出して、クジでも当っただか」 「会社でな、特別手当出たがよ。もう少しすっと、農作業も急がしなっしな、今なら行けるがね」 「そっだけどな」 「行くがよ、温泉」 「家族で出かられるのそう無いがね」 「贅沢しねで、貯金してら良いがよ。お前えも結婚あるがし」 「そんげ事言わねで、行くがよ」 「そだな、行くべか、お母っかあ」 「そっしてみっか。家族で行く機会無かんがしね」 「じゃ、今度の休みに、どだ」 「お前えに任すが。頼むわ」 「智香と温泉、楽しみ増えたがね」 「うんだ、うんだな」 「じゃ、私予約しとくから、忘れねでね」 「ありがとね」 智香は翌日、会社で昼休み、ネットで温泉宿泊の予約をした。農業をしてる父母、春は田植えから始まり、結構多忙なのだ、冬は休めるが降雪もあり、家族で出かるのも難しい家族で行くのは、考えたら初めてだ。 予約した日は、雲の覆われた空、予報も雨になると言う。でも東山温泉近い、十時頃に家族で智香が運転して、出かけた。 「一緒に出かけるの、初めてだべ」 「家族で行く機会、無かったがしな」 「智香に、連れて行って貰える何て、考えてもいなかったしね」 せっかく出かける機会、少し遠くにすれば良かったかなと反省もあるが、大げさに言えば両親は固辞するだろうとも思う。 途中にある、羽黒山神社に寄る。参拝に鳥居を潜った時、母が驚きの声を、行き違う青年に声をかけた。 「あれ、西郷さんとこの、芳ちゃんでねえか」 「小母さん、久しぶりです」 「ほれ、京香と同級生の西郷さんの息子さんだが。父さん憶えてるがね」 「本当だ、珍しな。こんげとこで会うなんてな」 「僕、この四月に仙台に転勤になるので挨拶に来ました。お参りしたら、又東京に戻ります」 「そうだか、仙台にな。母ちゃん喜んでるが」 西郷芳則は三人連れを見て 「智香さんでしょう。すっかり成長して見間違えてしまいました」 西郷さんは近所の同じような農家で、父母とも親しく、一緒にみちのえきに野菜を出荷していた。特に母は気安く行き来していた。 「仙台に来たら、時々は帰宅するつもりなので、よろしくお願いします」 「こっちこそ、よろしくな」 「今日帰りますので、失礼します」 芳則は挨拶すると、階段を下りて行った。 智香は父母とお参りして、又車で宿泊旅館に向かった。智香は言う。 「家族で宿泊まるの、初めてだな」 「そだな、新婚以来だべ」 「父さん達、確か新婚旅行、九州だったべ」 「そだ、三泊しただな」 「何処さ、回っただな」 「長崎、熊本、宮崎にな、阿蘇とか天の岩戸とか行ったんだな」 父母は結婚後、経済成長の景気時に、農協が斡旋する団体旅行が多く開催されていたが祖父母が同居してる事もあって、何処も行っていない。父母は互いに昔を思い出していた。 旅館で部屋に案内され、一息ついて、風呂に行く。智香は子供の時以来、母と一緒に湯船に浸かる。 「智香と風呂、夢みてだな。父さんも喜んでるがね」 智香は洗い場で母の背中を洗う。結構柔らかく若いのに驚く。母もお返しに洗ってくれた。 「智香、肌綺麗だな」 「だって、若けえだもん、当たり前だが。姉ちゃんも一緒だったら、良かったがも東京だしな」 「あの娘さ、もう帰って来ねべ。何かそんな気するがね」 母は姉の性格から、東京での生活を切り上げて、帰郷する事は無いと思ってる。娘はいずれ嫁に行く訳で、寂しいと感じて言ってはいない。 夕食は宿の食堂で和食が出された。ビールを頼み三人でグラスを、次いでにお酒も父に注いで、母にも。家では普段は母も智香も酒は殆ど飲まない。母の顔に紅が差す。 「彼処で、芳ちゃんと会うなんて思わねかったな」 「文さんも嬉しいべ、芳ちゃんが帰って来るで」 「一人息子だで、本人も判ってたんだがね」 芳則は京香と同級生、ふたりとも成績優秀で評判だった。芳則は国立に入学、確か医学部を卒業、医師に成ったと聞いている。京香も別の学部を卒業していた。姉は智香の勉強の面倒を良く見てくれたし、優しくて行動的な姉は、良く智香と一緒に遊んでくれた。最近は正月しか帰郷しないが、帰ると必ず、洋服を見立てて買ってくれる。 「うちも息子さ、居れば後継いで貰える。でも仕方ねえべ」 「悪りかったの、娘しか生めねで」 「そんげ事言ってね。話だ」 父は家が絶える事を心配してる。判るが今更仕方無い。智香は話題を変えた。 「みちのえきの大村さんな、五月に結婚すがよ。私の会社の娘と」 「そがか、目出度てでな」 「お祝い用意せねばな、世話になってるがしな」 「そだな、何が良いがかね」 「お金で良いべ、今の若い者の欲しがるの判らねがしな」 「そうするがかね」 宿で枕を並べ、三人で寝る。智香は幼い頃は、京香も含めて、一緒に寝てたな、懐かしさが、もう忘れてしまったが、父母が何かと話しかけてくれてたと思い出す。あれは京香が中学に入学した時か、母がこれからは勉強も難しくなるからと、姉妹で学習した方が良いと言い、姉妹と父母が別々に就眠するように別れたなと。姉は智香が理解できない問題を聞けば、良く教えてくれた、でも智香直きに聞かず、思考を巡らす癖をつけないと叱られもした。姉は黙々と机に向かい、床に就くのも遅い、だから、姉が何時に寝たのか記憶は無い。その癖朝は同じように起きていた。 機織りに興味を持ち出したのは、姉が大学に入学し、東京に行ってからだ、祖母の織る美しさに、眉から糸を紡ぎ、染色し器用に織り上げる巧みさに、少しずつ教えて貰った。それまでは、農作業の手伝いもしなかったので、蚕に触るどころか、白い虫、気持ち悪くさえ感じてたのに、祖母と一緒に桑の葉を与える内に可愛く感じるように変わり、今では愛おしくもある。その作業も後一、二ヶ月後桑の葉が出ると始まる。祖母と違い着物にする程は織らないが、模様を思考し糸を合わせ織るのは、楽しみである。寝床が変わった性か眠れない。そっと寝床を抜け出し、終夜入浴出来ると言われていたので、風呂に行く。誰も居ない、露天風呂、空も雲の覆われてるのだろう、月も星も見えない。静けさに湧きだし流れる湯の音だけが聞こえる。解放感に囚われ至福の時に満たされた。 部屋にそっと戻ると母の寝床も空だった。襖越しの椅子に座ってる。そっと前に座る。 「母さんも眠れんがか」 「うんだ、床変わったがしな。眠れんがって起きとったら、京香が事思い出してな、尚眠れんようなってしもたがって。起きてしもうたがよ」 父は寝てる。鼾がする。 京香は思っていた。智香は光来企画の仕事引き受けたのだろうか、その後智香からの電話も無く、自分も聞いて無い。光来企画から智香が言い出した事もあって、電話は受けたが、智香にもう一度私から勧めると言い断った。京香はモデルに興味が無かった。 大学を卒業する前、就職で悩んだ、秀才で司法試験も既に合格してたから、弁護士、検事も、官僚を目指す事も出来た。野心を持ってた訳では無い、何か自分で可能な事業をやりたいと思考し、製造会社は無理、ならばとデザイン会社を興したいと思い、今の会社に就職した。小学校で戊申戦争を習い、会津女子の気概を示したいと将来は決めていた。勿論会津女子で有名な婦人は居る。真似たい訳でも無い。職業婦人を目指したいと思うだけ、独立自尊である。幸い、今のデザイン会社社長の高須俊介も応援してくれてる。そのつもりで計画的に貯金もして来た。 比較的派手な業界、それなりに身なりにお金はかかるので、貧じて貯めるのは難しい。自宅通勤でも無いので、住居費その他の生活費も必要だ。貧しさが増せば、自分の輝きが失われる、調整は中々厄介だった。 京香に恋人は居る。プレイジャ―ボ―トやヨット等を輸入販売してる会社の息子で、広告宣伝ポスタ―のデザイン仕事を会社で請け負った時に出会った。彼は裕福に育った性か性格も朗らかで、結構男性的に魅力もある。 おそらく誘われたら、断る娘はいないだろうと思う。それぐらいの輝き持っている。一緒にいて会話も楽しい。 でも自分にも、自信はある、在学中ミスにも選抜されてる。モデルをする気も無いので断ったが、頭脳だって引けは取らないと自負してる。 彼が結婚しないかと言った折、私は事業を立ち上げたいと保留した。 偶然では無かったと今思う、彼と食事をしていた時、彼の両親も別の席に来ていて紹介された。結婚のプロポ―ズを受けたのはそれから暫くしてからだった。京香は評価されていたのだと思う。 彼の家にも、その後二度招待されてる。両親も人柄は明るく、家庭の雰囲気も心地良かった。 彼も京香が起業するなら、支援すると言ってくれた。 京香はこの四月から独立したいと高須に承諾貰い、事務所をようやく見つけた、事務用品購入、社員の確保、カメラマン等スタッフを揃えないと、多忙にしていた。デザイン学校に出していた求人の申し込みを受け、今日面接の予定である。 借りたばかりの応接に、求人の学生が来ていた。数名の履歴書を見通して、面接する。 終えて、どの娘にしようかと迷っていた時に、携帯が鳴った。篠田龍雄恋人である。 「新社長、椅子の座り具合はいかがですか」 「からかわないの、採用どの娘にしようか考えてるだから」 「そうなの、俺、事務所に顔出しも良い」 「どうぞ、何も用意出来ないけど」 「差し入れ持って行くよ」 直きに龍雄は陽焼けした顔を出した。ヨットを趣味にしてるから、陽焼けは取れないのだ。仕事柄お似合いでもある。 「迷ってるの、この娘達」 龍雄は数枚の履歴書を眺めて 「この娘良くない」 京香も言葉使い、敏捷そうな態度で好印象だったが。 「貴方、自分の好みで決めたでしょう」 「ピンポン、大当たり」 「もう、私、真剣なんだからね」 「人の出入り多い仕事だろうから、好感度の良い娘が一番、写真からこの娘に決めたらどうかな。僕は直接面接して無いので、人柄は判らないけど」 「そうね、この娘に決めた」 「即決、決断の良さ、社長の器あり」 京香は龍雄の持って来てくれた、紅茶を温め直しカップに入れ、果物を添えた。 「パソコンとか、事務機は買ったの」 「未だなのよ」 「じゃ、見に行こうか、俺、お祝いに提供するから」 京香は龍雄の車で、新宿の家電販売店に行く。京香は判らない訳でも無いが、やはり機械物は龍雄の方が詳しい。店員の説明、パンフを見ながら、機種を絞る。その場で購入はしなかった。でも決めて、設置接続使えるようにしてくれると言う。 「機械物は必ず、トラブルは生ずる。俺がセットしてけば、回復も何とかなるし、君も俺を頼る」 「魂胆ありと言う訳ね」 「事務所開設祝いに、内の会社のポスターとパンフを頼んで置くよ」 「ありがとうございます。ユーザー第一号様」 「起業が順調で無いと、俺の方も困る事情もある」 「だよね、事業に失敗した許嫁では絵にならないものね」 「そう言う訳」 「他に必要な物はあるの」 「カメラマンは高須社長が探してくれると言われてるので、当面は大丈夫だと思うわ」 龍雄に誘われて、京香はホテルのレストランに行く。 「少し早いけど、開業おめでとう」 「ありがとう」 シャンペングラスを挙げた。窓から、都会の明かり燦々と輝いてる。京香はようやく都会で立つ事が叶ったと感慨に思う。高須事務所で、自分で切り開いた顧客もある、高須も仕事を回してくれると約束してくれてる。現状では不安は無い。 龍雄の手が京香の乳房を鷲掴む、歓喜に呼応した京香の身が逆ける。唇は合わされて龍雄の舌が京香の舌に絡む、手が下に向かう恥毛を撫で分けて奥に、京香の秘部は愛液濡れている、恥骨を突く。京香は更に身を捩らす、龍雄の手は京香を弄ぶように、恥部を恥骨を撫でて押す、身体が反応して麻痺したように痙攣する。京香の腕は龍雄を放さない、指が背中に立てられ、合わせれた龍雄の厚い胸は京香の乳房を擦る。龍雄の手が京香の乳首を摘むと痛みは快感に変わる、京香は喘ぎ声を漏らす。合わされた唇から二人の歓喜の唾液が頬を伝う。甘美に恥部からは蜜液が涌いて出る。歓喜に喘ぐ身は逆けっても龍雄を放さない絡みつく蛇のよう。陶酔に意識は薄れ、歓喜に満たされ、絹の柔肌は桜色に染まり、脳裏が自失して行く。龍雄の手は容赦無く、京香の身を這い唇が肌を伝う。甘美に身が痙攣する、心臓の血は身を走る。喘ぐ声は止まらない、荒い呼吸が龍雄の欲情を掻き立てる。合わされて絡み合うふたりの身体は、一体となる。身を開く、龍雄の肉塊が京香の秘部に突き刺さる。身体が逆けて秘部は肉塊を絞る。龍雄が最後の声を、放心したふたりの身体は動きを止めた。 窓の朝の陽光に、京香は身体に乗ってる龍雄の手を払うと、バスローブを纏、窓辺に立つ、都会の一歩が今日始まったと感じた。 事務所の入り口に、お祝いの花立てが並んでる。窓辺の机にも花鉢が、置ききれずに他の机にも花鉢が、テーブルに料理とビールが列してる。事務所の開所祝いを迎えた。 今日、事務所に来る前に近くの日枝神社に賽銭、五千円と奮発して起業の成功を参拝して来た。 京香とスタッフ、山際和子、カメラマンの竹井伸一郎の三人だけの小事務所、東山企画のスタートである。高須俊介が挨拶した。 「東山企画の開業おめでとう。今後の発展を祈念します」 来賓に混じり、篠田龍雄も駆けつけてくれた。 集まった全員で祝杯を上げる。京香も挨拶した。 「皆様のお力添えを戴き、開業する事出来ました。今後更なる発展を目指し頑張りますのでよろしくお願いいたします」 招いた来賓に酌をして回る。高須事務所の社員が祝い励ましてくれた。龍雄の褒めてる眼と視線が会った。 仕事始めは龍雄の会社である。三人で向かう、受付で京香は挨拶をする。 「ご依頼を戴きました、東山企画です」 受付嬢は用件を聞いてるのだろう、取り次ぎに中に入って行く、担当者が受付嬢と共に姿を出す。 京香は名刺を渡した。何度か訪問してるので、顔見知りである。 「独立されたそうで、おめでとうございます」 「ありがとうございます。今後共よろしくお願いします」 竹井に写真撮りを頼み、京香は構成の希望を聞く。最近のパソコンソフトは良く出来ている、広告媒体を撮れば如何様にも合成出来る。現地へ出向かずとも大概間に合うのだ。 龍雄が顔を出した。言葉を交わす。 「いらっしゃい」 「ご贔屓を賜りありがとうございます」 「奥田君、頼むね」 龍雄は一声かけて出て行った。京香はおじぎした。親しくとも仕事は仕事、事務的にこなす。内容を確かめ、校正に又伺うと挨拶して出た。次は高須から紹介された、落語会の開催ポスターである。携帯を取り出し、先方の都合を聞く。時間はあるようだ、軽く昼食を取る事にした。携帯があるので、事務所は留守でも可能なのだ。パスタを食べ、紅茶を飲みながら、軽く打ち合わせをする。 噺家だと言っても高座で演ずるように気安い方ばかりでは無い、一応対面する相手の知る限りの情報を同行する二人に話す。内には気難しく、高慢な人も居るのだ。相手に嫌われたらやっかいである。仕事を失う危険もある。付き人、内弟子、面子を繕うのか、でもそのようか人は概して芸が未熟である。同じ演目でも笑いを取る間が悪い。不思議なものだ。幸い今回の人は何度か、仕事も請負、気心も知れている。待ち合わせた時間より早く着くようにレストランを出る。講演の間を利用して写真を撮るつもりだ。 「おはようございます。東山企画です」 知ってる間柄なので、楽屋に入って行く。 会う人に、おはようございますと挨拶いて進む。 「師匠、おはようございます」 「おはよう」 「講演の写真撮りに伺いました。時間はよろしいですか」 「ああ、頼むよ」 高座に上がる前、身支度は出来ている。付き人が回りを整理する。 「社長に成ったってね、いいえ経営者ですそうかい経営者、オーナーですオーナーかい 良く回るね、まるで山手線だ。日々走り周り仕事をしてますと言う訳だ」 「師匠、その節は、ご祝儀ありがとうございました」 数枚撮り、同門弟子、前座を移動して撮った。初日の仕事は終わった。 智香の北方産業も入社式が行われ、今年は男子1名、女子2名が入社して来た。入社の辞令が本人に交付され、社長が訓辞、経済情勢が厳しい中、若い力に期待すると言い終えた。 智香が帰宅すると、母がひとりで囲炉裏に座してる。 「父さん、どうしたが」 「農協の会合があっと、出かけてったたがね」 |
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