華扇 2
父は年に数回、農協の会合で留守にする、母の実家も農家であるが、兼業で家を継いだ兄、孝太郎は自動車製造工場に勤務して、妻のたかえが嫁の雪子と、農業をしていた。その関係で息子孝一も同じ工場に勤務してる。 子供は男の子二人で、上は小学校に今年入学、下は幼稚園生である。時折、みちのえきに野菜を持ち込む時に、たかえと会う。当然家族の話題が出る、たかえが大家族は手が係ると嘆くが、多恵は羨ましい。京香は都会に出てるし、智香は居ても勤務に出て行くと夫婦ふたり、その上今日のように夫が出かけるとひとりとなる。家族が少ないから、家事作業も簡単に終わる。智香は地域コミュニティセンターの習い事や、カラオケ、踊りに行ったらと言うが、自分が出ると父がひとりになる。父は構わないと、行くよう勧めるが、面倒だと断る。母は機織りも細かい作業は面倒だとしないが、蚕の世話だけはしてくれる。智香には都合が良いが、この時期は丁度端境期なのだ。中旬になれば、蚕が殻を破り、桑も新芽が出て与えるようになる。田植えの作業も加わり、多忙になるだが、寂しそうに見せる母の姿に智香の胸も詰まる。智香が帰宅した事で、ゆっくりと立ち上がる。
「夕ご飯にするがか」 もう、支度は整ってるのだ、箱膳を並べ向かい合わせで、母が装ったご飯を手渡す、受け取り食べ始める。父が留守しただけなのに妙に寂しい。 「智香が嫁に行けば、ひとりの時間増えるがね」 母がぽつりと漏らした。 「まだ行かんがし、それに早えがよ」 「お前え、良い人居ねがか」 「居ねえ、募集中だどもな、誰も寄っこんがよ」 「京香は居るがか、何も言わんがな」 「お姉ちゃんは居るべ、友達多かったがしな」 「居らんば、居らんで、居れば、居るで心配だしな」 母は会話が進み、気持ちも和んで来たようだ。 「捜さねば、なんねな。行かず後家だば、近所さ恥ずかして、歩けねがね」 「早えがよ、未だ二四歳だがしな」 「会社の娘っば嫁に行くべ」 「彼女は特別だがよ、出来たんだと、赤ちゃんが」 「流行だな、おらの頃は無かったどもな」 母は言葉だけ、驚いたように言う。最近はテレビ報道も多く、慣れてるのだ。 「お前え、お祝い包むべ。おらのも買うてくれねか、大村さんに渡さねばなんねしな」 「うん」 智香と母がそのような会話をしていた時、電話が鳴った。母が出た、農協職員の慌ててる声が 「大変だがや、菊治さんが倒れたど、今救急車呼んで出た。直ぐ来てくれや」 智香と母は慌てて、取る物も取りあえず、農協に、職員は近くの共立病院に運ばれたので直ぐ行くようにと言う。心配してる職員を乗せて病院に、救急窓口から、診察室、医師は意識はあるが、安静の為、ベッドで横にして、観察中ですと言う。隣の病室に入る。智香と母の姿を見て父は起きあがろうとした。 「動かないで下さい」 看護士が父を制止した。母は父の声に安堵した。青かった母の顔が和らいだ。 「心配無えがよ、少し目眩しただけだ。何も無えだ」 「そんげ事無え、トイレに行くと立ち上がったら、急に倒れたがし。もうびっくりしてな」 救急車に一緒に乗り込んで病院に来た、農協職員が言う。母が応えた。 「心配して貰ろたが、ありがとな」 智香と母は頭を下げ、職員に礼を言った。 入室した医師が 「今日は泊まっていただき、明日検査します。幸い意識もしっかりしてるようですので心配無いと思いますが、検査結果では入院していただくようになります」 救急で運ばれてくる患者さんも多く、医師は用件だけ言うと出て行った。 農協の職員もお大事にと言うと、帰って行った。 翌日、智香は事情を話して、休暇を貰い母に付き添う。午後になって診察室に呼ばれた 「意識もはっきりして来てるようですが、一度大きな病院で精密検査を勧めます。念の為紹介状を書いて置きます」 医師はレントゲン写真や、検査表を見ながら、母に言う。 その日、母は父に酒を飲ませなかった。父は物足りなさそうにして従い、智香は安堵と睡眠不足で、湯を浴び早寝した。 智香は普段の日常に戻ったと、安堵していた。蚕も桑の葉を与え、順調に成長している五月に入り、父も田植えの準備に田作りに精を出してる。智香は、井口係長に呼ばれた、席に向かうと、一緒に中田課長の前に 「実は、知ってるだろうが、大石友里恵が結婚するがよ。彼女がなこれを機に退職したいと言ってがさ、悪いが営業に欠員出がさ、止めたども駄目だと聞いて貰えねが、新人を充てる訳にも行かねが、東山君、移動して貰ろねがか」 中田課長は困り顔で言う。 「営業は商品知識も要るがて、頼むがよ」 移動の打診である。井口係長も 「急に言われたがって、東山さんも困るがよ」 井口係長も、智香の日頃の仕事振りを評価している、智香の静なしい性格も理解してる助け舟を出して答えた。 「そいだがって、品川部長が推薦するべ、移動して貰えねがか」 「考えさして、貰えねがか」 「良い返事待ってるがよ」 智香は返事を保留して席に戻った。思考している。同僚の多田さんが 「どしたが、考え込んで」 智香は知れる事なので、移動打診の話をした。 「東山さん、美人だすけ言われたがよ」 「私自信無えがし、困ったな」 「営業だって慣れたら、仕事同じだがよ」 多田さんは異に返さずに言う。その言葉に押されて、翌日智香は移動しますと、井口係長に伝えた。 母は心配していた。父の動きが少し緩慢に見える、トラクタ―で田起こししてるが何か普段と違う。野菜を運んだ、みちのえきで文子さんと会った時、話してみた。文子さんの息子芳則が、医師で仙台に転勤してる事は聞いている。 「父さんがな、この前倒れたがって、本人は酒が出たで、酔っただけだ、心配ね言うが何か違うがよ」 「心配だば、芳則に聞いてやるがね」 文子は息子に連絡してくれた。夜に訪ねて来た。 「芳則が診てやる言うがよ。行ってみたらどうだかね」 「ありがとな」 文子は芳則が仙台医療センタ―に居ると、置いて行った名刺を渡してくれた。母は 「父さん、診て貰うたが良いがよ」 「大丈夫、心配する事ねえ。俺何処も悪くね」 「駄目だ、一遍診て貰ろた方が良いがね」 「今は一番忙しがって、落ちついたらな。田作りせんばなんねがって」 「そんげ事言ったば、間に合わね事もあるが。紹介状もあるがし、行くがよ」 母の強引さに父は折れた。母は文子に再び電話し、芳則の都合を聞いて貰った。明後日なら良いとの返事を翌日貰った。 智香は出社すると、井口係長に二日間の休暇の申請を願い出た。井口係長は心配して 「移動の事で、辞めるんで無えべな」 「そんげ事無え、父を診て貰うがて、病院行くがよ」 井口は冗談だと言い、承認の印を付いてくれた。 渋々乗る父、母と一緒に文子さんに言われてるので、入院の為の洗面道具、衣類を積み仙台に向かう。車にはカ―ナビが付いているので迷わずに病院に着いた。 医療センタ―は大きい。初めて来たら迷う程である。智香も母も文子さんに感謝した。 診察した芳則は、患者の緊張を解くよう心掛けてるようで、穏やかに接してくれる。父は色々の器具での検査を受けて回る。父の入院の手続きをして、母と宿に着いた時は、もう陽は落ち、町にネオンが点き、暗くなっていた。遅い夕食を取り疲労もあって床に入ると直ぐに寝てしまった。 翌日、芳則は検査結果を説明、軽い脳血栓を起こしてると言う。母は戸惑う、入院加療した方が良いと言われて、本格的に入院する事となった。父は観念したのか、何も言わず母の言葉にに従った。芳則は現状から診て悪化しなければ、三週間程の入院で済むと言う。 病室の父は、点滴を打たれて、見ためは病人らしく痛々しいが、本人は病状に意識は無いから、元気なのだ。 智香は一応、姉に連絡した。 「姉さん、智香です。連絡だけだども、父さんが入院したが、大した事無えども、伝えておかねばと思ってな」 「どうしたの、正月はあんなに元気してたのに」 「だから、大した事無い、言ってるが、軽い脳血栓だと、母さんは少し動きが鈍いと言うがも、私には感じられねがし」 「何処に入院したの」 「仙台の国立医療センターだ、西郷さん所の芳則さんがな、この四月に赴任して来たがよ。文子さんが心配してな、連絡取ってくれたで」 「芳則さん、そっちに帰ったんだ。医師に成ったのは知ってたけどね」 「帰ってくる事無いがよ、本当に心配ねえがし、言わんとがいけねえと思っただけだで電話したがしな」 「判った。ありがとうね」 智香の心配より、京香の方が不安を掻き立てられていた。 病室では、父と母が小声で話をしてる。 「退院して、田んぼやらねば、田植え間に合うねがや」 菊治は田植えの田作り、未だ半分残ってるのが気懸かりにして、母に言う。母は 「大丈夫だ、智香も居るがし」 「智香は勤めしてるがし、お前えひとりじゃ出来ねが」 「上村さんも、西郷さんも居るがし、余計な心配し無えで、先生の言う事聞いて寝てるがね」 「姉さんに電話しておいたが」 「何と言ってたがかね」 「私は心配無いと言うたが、連絡ありがとなと言ってが。帰って来るか判らんがね」 「それで良いが、何処も悪くねえがや」 「そだな」 午後回診に来た、芳則は 「寝て居てくれて良かった。小父さん自覚症状無いからと言って、病院内歩き回らないでよ。退院が遅れますよ」 笑顔で軽く言う。 「智ちゃん、織物作ってみちのえきで販売してるんだってね。母に聞いた上手だと」 「恥ずかしが、大した物で無いがね」 「今度帰ったら、見せて貰う、楽しみだよ」 「見たら、がっかりするがね」 「京香さんと違えて、君そのようなの好きだったね。思い出すな、幼い頃君可愛かったよ、良く京香さんに付いてたね」 芳則は昔を思い出し、明るく言った。 「でも、羽黒山神社で会った時びっくりしたよ。すっかり成長してたのでね」 智香は嬉しかった。中学時代、芳則は友達同士の憧れだった。秀才できりりとした態度が話題に良く乗っていて、智香も淡い恋心抱いてたのを思い出す。 芳則は多忙なのだろう、会話を済ますと素早く出て行った。智香はもう少し会話したいと思ったのに。夕刻まで父を監視するように母と智香は居て、帰宅した。 京香は悩んでた。仕事が順調でついミスをした。 プロダクションから、テレビコマーシャル共同作成の誘いを受け契約した。 契約した後で、応援してくれてる高須に相談した、高須は今は会社の基盤作りに集中した方が良いと言う。悩んだ上で解約を申し出た、違約金を支払えと要求されている。会社設立の借り入れ金返済もあり、纏まった資金に余裕が無いのだ。好事魔多しである、行動する手順を誤ったと反省する。龍雄に相談すれば出来ない事は無い、でも自分の力で何とか解決したい、困って龍雄ではあまりにも意気地が無さ過ぎる。 京香は、幼い頃より信条にして来た事がある。天自ら助くる者を助くと、己が人より多少賢く生まれたと、自負を持っていたし、それはその才を使い、世に活用しろとの天声と 思って、これまで生きてきたつもりである。これまでも失敗、岐路に迷う事はあったが、天が生を預けるなら、必ず活路は拓けると信じてる。失敗して朽ちるなら、それまでと諦める覚悟である。それは今後も変わらない。 龍雄から食事の誘いの電話を受けていた。地下鉄に乗り、ホテルのレストランに着く。 「いよ、若社長。待ったぜ」 龍雄の朗らかなで明かるい顔、京香はこの天真の明るさが好きだ。沈み込んでる時も、この顔で随分と助けられた。どうして常にこのように出来るのか不思議でもある。 「お待たせいたしました、幕間、余韻も芸の内」 「ありがとう、ポスタ―良く出来てた」 「ヨットどうだったの。ガ―ルフレンド楽しませたの」 「知れてるのか、参ったな」 「貴男、ひとりで乗るタイプじゃ無いでしょう」 「まあね、俺寂しがり屋だから」 「都合の良い、寂しり屋ですものね」 ボ―イがワインを注ぐ、グラスを合わせる 「お、流れ星」 連られて、窓に外を見る。見えるのは都会のネオンだけ。 「見える訳無いでしょう。此処から」 「ヨットの空が浮いてたのかな」 「京香は将来、どうしたいと思ってるの」 「将来ね、デザイン学校設立、コマーシャル、映画も作ってみたいな。龍雄さんは」 「俺か、港にヨットハーバーと瀟洒な町作りかな。でも難しいな、港作りは、許認可、漁業補償等で不可能に近いから。許認可権持ってる、官僚と組めば別だけど俺に彼奴等の下僕は出来ないから。京香の紐も悪く無い」 「良いわよ。でも一つだけ条件飲んだら」 「面白い、条件聞いてみたいな」 「条件はね、どのような女性と付き合っても構わない。貴男の場合、自分で誘わなくとも、誘いは必ずある、仕方無いと思う。お金を自由に使っても良いわ、でも現金は持たせない、使用はクレジットのみ」 「かなり難しいな」 「私思ってるの、昨今政治とお金と言うじゃない、裏金現金も作れない政治家が国民の為に施政出来ると思う。活動するにはお金が必要よ、使うお金を綺麗に明瞭にしてたら、政治活動に制限されるわ、そのような政治家が指導者として、国、国民の為働けると思いますか。社会の色々な部分、明暗を知り抜いてこそ、指導者として確立されると私は思うのね、使途不明の現金は必要悪だと思う。国民が活動資金明瞭な首相を選択する限り、軽いから交代、短期は仕方無いのよ。有効な施策は不可能ですからね」 「クレジットだけなら、俺の行動が全て知れると言う事か」 「そう言う事、飲めますか」 「やめときましょう、自由に無い身はお金より辛い」 龍雄の手が乳房を弄んでる、快感が身に浸みて来る。 「どうしたの、さっきは少し暗かったようだけど」 「忙しいかったから、疲れたのかな」 京香は龍雄への無心はしないと決めた。 手は身を這い下に、秘毛を撫で更に奥へ、愛液が会わせたように浸み湧いて来る、京香は手を龍雄の首に回す、蛇の絡みのように、龍雄の唇は京香の唇に、舌が絡む、京香は吸い込み放さない。手がうなじを髪を刺し、解かれた唇は今度は乳首を嘗める。甘美に嗚咽がなじるように、秘部の指が膣を擽る。快感に身が逆る、龍雄の甘美を知り抜いた身は、それでも龍雄を放さない。龍雄の手が空いた乳房を鷲づかみ、乳房は応えて張る。京香の肌は龍雄に吸い付いてる、腕は龍雄に巻き付いてる。意識は耽美に支配されて、京香は堪らず、嗚咽を漏らす。陶酔の中にある身は、龍雄の思いに任されてる。京香の手が龍雄の硬い肉塊を掴む。愛液は溢れ、龍雄の指は濡れながら秘骨を弄る。京香は更に快感を求め股を拡げる。胸は高鳴り、息は荒く、肌は走る血で桜色に染まる。組み付された身は龍雄を求める。龍雄は弄び焦らす、身は龍雄を追う。愛の行為を終え、軽い疲労感が、身体に残る余韻の中で 「父が入院したと聞いたの、週末帰郷するわ」 「俺、車で送ろうか」 「良いわよ、驚かせて悪化させたら困るもの」 京香は病室に向かう、大病院、智香は心配する病状では無いと言ってたが、不安で歩みを早めた。仕切られたカーテンを開ける、父は驚いて視線が変わった。でも智香の言う通り、血色が良かったので安堵した。 「父さん、どうしたの」 「京香、来てくれたがか」 互いに同時に声を発した。一呼吸置いて、母が父に言う。 「京香が来てくれましたがね」 「来なくても、良かったが。何処も悪ねえがし」 「忙しいのに、呼んでしまっがね。悪かったね」 「お姉ちゃんが来てくれて良かったがよ」 智香は姉の来訪見舞いを喜んだ。そして席を譲り 「疲れたが、座ってな」 「大丈夫、父の顔みて安心したわ。思いの他元気そうでね」 父は点滴をして無い左腕を梃子に、身体を起こし冗談を言う。 「正月以来、京香の顔見れたし、入院も悪るねがな」 「お姉ちゃん、休み取って来たがか」 「実はね、会社起こしたの、だから時間自由」 「独立したがか、大変だべ」 「でも、勤めてた時と同じ業種だし、応援してくれてるから、順調なのよ」 「なら、良かってがし」 母と智香は、父に自覚症状薄く、我が儘を言う、対応に苦慮してたので、京香の来訪は歓迎だった。 父の症状が軽い事もあって、会話は家族の事と変わる。そんなところに芳則が回診に来た。京香の顔を見つけて 「京香さん、久しぶり」 「芳則君、すっかり医師に変貌したね」 「どうしてるのかなとは、思ってたけど自分の事で手一杯でさ」 「芳則君、ありがとう。安心増したわ」 「智ちゃんから、聞いてくれたと思うけど脳血栓の疑いあってね。大事を取って入院加療して貰った。母からの伝言もあったし、今は大きな心配事は無いよ」 「でも、本当に久し振りね」 「京ちゃんは、未だ東京で、働いてるのでしょう」 「ええ、現在はこれ」 京香は名刺を渡した。芳則は驚いたように返した。 「独立したのか、京ちゃんらしい。仕事どう」 「一応、順調な滑り出しと言うところかしら」 芳則は父の眼を、胸に聴診器、看護士の検査表を見て、点滴を確認し、順調ですねと言い出て行った。京香は感慨に言う。 「芳則君、此処に居るんだ」 京香は父の顔、芳則の診察に安堵したら、急に尿意を感じて席を立つ、その間に父は智香を呼んだ。 「私、手洗いに行って来るわ」 「智香、京香に祝い金送って送ってやってくんろ。でも言うで無えがよ」 「うん」 「京香、今日は泊まってくべ」 「うん、そのつもりよ」 母は嬉しそうに笑った。夕刻迄病室に居て会話し、途中スーパーで総菜類を三人で騒ぐようにして買い帰宅した。 「京香、お酒飲むがか」 「そうね、ビールでも戴こうかな」 「母さん三人で飲むがよ」 智香はグラスを持って来た。 「智香、例の宣伝会社の事はどうなったの」 「知らねが、あれっきり何も言って来ねえがね」 「じゃ、編集中なのかしらね。市役所が後援してるのでしょう」 「そうだけどね。そのせいでも無えかも、私今度、営業に変わるだがね」 「そう、貴女温和しいから、良いかもね。それにしても、芳則君が仙台で勤務してるのは、驚いたわ」 「四月に来たがよ。西郷さん喜んでるが、跡取り息子だしな」 「私、帰郷する気無いから、智香、婿貰ったら」 「お姉ちゃん狡いがよ」 「先の事、心配してもしょうが無いがよ」 「父さんが入院して、母さん、田植えどうするの」 「減らしてやるしか無えだ、頼める人居ねえがしな。智香、父さんに言わねがよ、余計心配するがしね」 「うん」 「今、思ったけど、智香、芳則君とお付き合いしたら」 「無理だが、相手にしないがよ。それにあれだけ素敵な人、お相手居るがね」 「そんな事判らないわよ。美し込んで、女の武器全部投入、妖術にかけても良いと思うわ」 「何を言い出すがよ、京香は」 「それだけの値打ちがあると言うの、女も一生に一度の勝負はしないとね」 「でもな」 「智香、その消極性直した方が良いわよ。もしかのもしか、婿に来てくれるかも、知れないしね」 「京香、馬鹿な事言うでねえ、文子さんに顔向け出来なくなるがよ」 女同士、お酒もあって気兼ねの無い会話が続いた。 翌日、京香は夕方まで、父を見舞い帰京した。 週も半ば、出社した井口係長が智香に雑誌を出して 「これ見たがか、東山君、載っとるがよ」 興奮してる井口、雑誌を開いて言う。 社員の全んどが車通勤で、発行直後に目にする事も無い状態だったので、智香、多田さんも、驚いてる。後で入室した中田課長も掲載の雑誌を持っていた。もう課内どころか、社内の話題はこの事だけの一日となった。品川部長も上気した顔で、智香に 「良くやってくれたが。会社の宣伝もあるがし、会津が又話題になるべ。君の写真も中々良いし、最高だが」 すっかり、智香の存在は会社の話題の中心となった。 困った事もある、みちのえきが掲載された事で、智香の織物商品を売れてるのだ、当面作り置きもあるので、心配は無かったが、大村さんから入品の依頼があるのだ。 業務中に声をかけられる、パソコンにメールは入る、昼の食事中でも、仲間の木村かなえ、石井美枝、近々結婚退社の大石友里恵だけで無く、知り合いでも無い方からも挨拶を受け、都度受け答えの煩雑さも加わった。 父の入院が続いてる中で、大村、友里恵の結婚式、この事があって智香は受付を依頼された。周りの環境は一変している、招待されて来る来賓の方々も、お祝いと共に声をかけてくれる。 式場に入室して来た、大石友里恵の文金高島田白の打ち掛け、角隠し、上気して赤らめた顔可愛かった。元々可愛い顔立ちだから、当然なのだが、智香は素敵だと思った。緊張気味の大村に笑う。招待されて、同席してた、かなえが美英が思わず言う。 「友里恵、可愛いべ」 「大村さん、その内、友里恵の鬼の面見るべと、先の事思うと笑うがね」 「あのふたりが喧嘩した時、けしかけてやるがかね」 「うだな、楽しみ増えたでね」 智香も笑う。来賓者の祝辞が続く。和やかな式が、新婦友人代表で、大倉知恵が述べて三人で歌を披露した。途中から新郎、新婦に並んでる処に移動して、五人で歌い終えた。 挙式を終えた、大村と友里恵が、今日は市内のホテルに宿泊、明日、新婚旅行に旅立つと言ってたので、場所を移して二次会をした 仲人役の、みちのえきの志田所長夫妻、新郎大村君の友達二名に、会社の品川部長も交えてる。 「おめでとう、良い式だったがや」 「慣れない仲人で、新郎新婦より、緊張したがね」 仲人の志田所長夫妻と品川部長は、後は若い人同士で盛り上がったらと言い、帰宅して行った。かなえが、料理を友里恵の前に寄せて 「緊張してたが、お腹空いたんでねか」 「ありがとね」 大村の友人が全員の写真撮ろう、メールも交換しようと、言い出したので皆が、携帯を取り出した。 暫く雑談し、新郎新婦も疲れたろうと配慮し帰宅した。 京香は違約金の都合を、どうしたら良いかと悩む。取りあえず銀行残高を確認とパソコンオンラインから、口座を覗く。父の名、東山菊治で七百万円の振り込みがあった。思わず、ありがとうと言った。違約金が出来た、智香の携帯に電話した。 「父さんにお礼言ってね。ありがとう」 「父さんがな、独立したば、お金必要だべと言うがよ。私が振り込んだが、届いただね」 「見舞いに行ったのが、出費させてしまったね」 「良いがよ、父さんも姉さんの事心配してるが」 智香は父に五百万円の送金を依頼された、自分の二百万円を合わせて、送金した。 京香は違約金の振り込みをして、ほっと安堵した。仕事は取りあえず順調だし、折りを見て、今度は自分が送金する事もあるだろうし、今回は借りて置こうと思った。 数日過ぎた、どうも腹部が変しいな、月の物も無いのは知っていた。妊娠したようだ、薬局で検査薬買い、確認。間違いない紙に変化に色が出てる。タウンページを取り出し、産婦人科蘭を事務所、自宅から少し離れた、台東区蘭に山脇産婦人科が大きめ記載されてた。決断し住所、電話をメモして地下鉄に乗る。山脇産婦人科は直ぐに判った。受付をして順番を待つ。スタッフの山際には少し遅れると連絡してある。 お腹だせり出してる出産間近の婦人や、自分のように普通に見える数名が待っている。 呼ばれて診療室に入る。初老の男性医師が 「どうしました」 「妊娠の確認を診て欲しいのですが」 医師はベッドに横たわるように言うと看護士に診察の用意を指示する。機械を当て下着取り去った下部を確認する。 「もう結構です。衣服を付けたらこちらへ」 京香は、医師の前に座る。 「妊娠五週目くらいですね。お目出度ですよ」 笑顔の医師を前に、京香は俯き堕胎したいのでですがと応えた。医師は何事も無かったかのよう冷静な声で 「そうですか、では受付で手続きを」 京香は診察室を出る。代わりに呼ばれた婦人が入って行った。 受付に戻り、受付嬢に言う。 「先生にお願いした事ですが」 「少し、お待ち下さい」 受付嬢は作業は知り抜いてるのか、医師の居る部屋に向かい離れた。暫く待つと戻り、日にちは何時にされますかと聞く。 日取りを週末に合わせた。 「その時に、必ずこの書類を提出して下さい。忘れないようにお願いします」 「他に用意する物はありますか」 「洗面化粧用具、ご自身の物、寝衣はご自身のをお持ちいだくか、レンタルもありますが」 寝衣は持ち込んで、後で着衣する度に思い出すのは嫌だと、即座に返答した。 「レンタルでお願いします」 「それと当日帰宅も可能ですが、大事を取り一日の入院を勧めますと医師が言っておりますが、どうなさいますか」 帰宅しても、一人暮らし、京香は思考し答えた。 「入院でお願いします」 京香は堕胎手術の承諾書を渡され、診察料金を支払い医院を出た。 やはり間違いは無かった。でも今は出産はしないと決めていた。龍雄に相談はしない、隠して行う。相談したら、結婚しようと言われる気持ちは、何と無く感ずるが、結婚前の妊娠は自分の性格からして、許せない。 それに、妊娠を武器に結婚したと、もしも周囲に見る人も居ないとも限らない。今は立ち上げた事業を成功させたいし、子育てに関われないと知っていた。 今後、龍雄との関係が良好に続き、事業成功の目途も付いた時、龍雄が再度プロポーズしてくれたら受ける、龍雄の事は誰よりも好きである、願わくは生涯を一緒にしたい。 問題は承諾書の保証人蘭に誰に署名貰うかだ。龍雄も父も母も無理だ、高須しか居ないと、事務所の前で高須所長に電話した。 「所長、お願いがあるのですが、お時間取っていただけませんか」 間を置いて、高須は七時なら良いと言う。確約して、息を吐いた。 時間を合わせて、高須事務所に入る。かっての同僚が 「開業のお返しありがとう、仕事はどう」 「今のところは皆さんの応援も戴き、それなりに、感謝して居ります」 高須は京香の顔を見ると、出ようかと誘ってくれた。 京香にとって高須は大兄、長兄的存在である。両親に言えない事も素直に相談出来る。 京香は龍雄との経緯を隠さず話した。高須は黙して聞いていた。 「それが最善だな」 と言うとペンを取り出した。京香は更に 「申し訳ないのですが、父の名でお願い出来ないですか」 高須は納得し、京香のメモから、父、菊治の住所、名前を書き込んでくれた。 週末、再び山脇産婦人科に入り、手術台の上に身を横たえる。麻酔が切れ意識がもどった時は病室のベッドの上にいた。 下腹部に少し痛みがある。手で触れながら今は居ない子供に、ご免ね、今度縁あって来てくれた時は、大事に優しくしてあげるからねと心で囁く。 鞄の中の携帯が鳴る。見ると龍雄からだった、メール入れたのに返信無かったから、電話したと言う。確かにメールは入っていた。 「今仕事中、直ぐかけ直すわ」 病室、周りを気にして、電話を切る。 ゆっくりと立ち上がり、部屋を抜け、廊下の隅に立ち電話する。 「休日も仕事なのか、今日の夜どうかな」 「今日は難しいわ、今伊東に居るの、急にパンフ作ってと依頼があったのよ」 「伊東か、海も見えるし、そっちに行っても良いな」 「駄目よ、スタッフも一緒で時間取れそうに無いのよ。ご免ね」 「そうか、無理か残念」 「ご免ね、帰ったら直ぐ連絡するわ」 京香は、肌も心も龍雄を恋しくしてるのを我慢して応えた。 京香は今更ながら、龍雄に恋慕してるのに気づく。龍雄の何処が良いのだろう、横になったベッドで考える。 犬の尾を踏み、追い駆けられたり、猫をからかい、爪を立てられる、川を飛び損ねて、落ちて濡れたりを平気でする。した後の恥じらいの笑顔かな。暫く前にもあった、京香が龍雄を伴い、レセプションの衣装を買い、着る為に部屋に架けて置いた。二日程して着て行こうと見た時、カラーマジックで綺麗にトムとジェリーが描き込まれていた。合い鍵を持ってるので、時折部屋に来るが、その時は驚いた。慌てて同じ衣装を買い、何とか済ませた。 部屋でも仕事を消化するので、筆記用具類は置いてある。勝手に持ち出し描いたのだ。動揺を越え唖然とした。後で 「何で描いたの困ったんだから」 「上手に描けてたでしょう。我の自信作」 苦言を悪びれずに言い返されて、言葉を失った。このような類は枚挙に暇が無い。この前ポスター撮りに伺った時、背広にネクタイこの姿で、時には、ボートの説明、売り込みするのかと思うと、笑いが出るのを我慢してた事を思い出す。子供がいたずらした時のような眼、世間ずれした感覚が京香を引きつけてる。仕事、修学で緊張してる折り、この感覚で寄られると、和らいで安息する。 ドアを開け、部屋に入るとテーブルの上の包み箱が置かれていた、龍雄が来たようだ。 又、何か仕掛けされてると用心して包みを解く、トムとジェリーの玩具だ、スイッチを押す、逃げるジェリーを追うトム、追いつめて上からカゴを被せるのに取った時に支えが外れて、横にカゴが自分に覆う、そしてメッセージ、お疲れ様と書いてある。たわいも無い物だが、何か可笑しい。繰り返し動かして龍雄に電話する。 「お帰り、時間かかったんだね」 「お土産、ありがとう」 「気に入ってくれた。冷蔵庫に果物入れてあるよ」 「サンキュー。せっかく出かけた機会で、スタッフの慰労も兼ねて、温泉で休養もしたのでね。宿の宿泊代を支払い、心証を良く出来たしね」 「何だ、時間あったんじゃ無いか」 「仕事の延長よ。何してたの、静かな感じするけど」 「読書、四書五経」 「そんな事もあるんだね」 「僕を野生人のように言わないでよ。博識に驚くよ」 「ふ、ふ、ふ」 京香は笑い出していた。 ようやく、父は退院する事になった。大きな自覚症状も無い父は、何と言ってする事も無い、入院生活に退屈していたので高揚している。まるで子供が遠足の朝を迎えてようだ。 「ああ、やっと退院になったべ」 「父さん、退院しても急に活動したら駄目だが。芳則さんが言ったがよ」 「判ってる、判ってるが」 「お酒控えろだとよ、判ってるべ」 「お父さん、晩酌せんとか」 「飲まねば、死んだようなもんだしな、減らす事にするべ」 「もう、父さん勝手に言うだから」 芳則が、退院時の回診に来た。 「退院となって、顔色良くなりましたね」 「ありがとな。世話になったが」 「文子さんに相談して、本当に助かりました。ありがとさんでした」 芳則は検査表を確認して、母に言う。 「指数は下がり、安定してると思います、でも入院で体力も落ちてます、くれぐれも無理をしないように、薬の服用も忘れないでください。処方箋出してありますので、当面は近くの医院で貰える筈です」 「助かりましただ」 「三ヶ月、遅れても半年に一度は定期検診に来てください」 「判りましたが、首に紐付けても来ますでね。お願えします」 「智ちゃん、念の為、携帯番号、アドレス交換して置きましょう」 芳則と智香は携帯を取り出し、番号の確認をした。 帰宅すると、その足で母はお礼の品を持ち西郷さんの所に行く。 「文子さん、この度は世話になってしもたが、助かったがね」 「菊治さん、退院して良かったな」 「芳則さん、立派になって、驚いたがよ」 「本人はこれからだと言ってるがね」 「これ、心ばっかしでも、受け取ってね」 母は遠慮する文子に、お礼を渡す。 一方父は、智香が制止するのも聞かずに、田植え具合が気懸かりで田に向かった。田から戻った父が母に言う。 「田植え、半分も出来てねが」 「今年はこれで良いがし、災害の年もあるがね、良いがよ」 「植えねば、駄目だ。百姓だがや」 父は、直ぐにでも田に出て植える勢いである。 「智香、田植え機の油抜いとけ」 母が厳しく返す。元からこうなると予想して、既にガソリンは抜いてある。 「切らしてるがよ」 「今年は実り諦めるだよ」 母は譲らない、父は言い合いを諦め納得した。母は決めた事に躊躇や迷いはしなし押し通す。この性格は京香にも受け継がれてる。 母の用意した、夕食にお酒は出てない。手持ちぶさそうにしてる父を、気の毒におもったのか 「退院祝いだがし、一本だけ付けるがか」 父の顔を和らいだ。 「芳則さんも、少しなら良いと言ってくれたがね」 一本の酒を三人で杯を上げて祝う。 「父さん、退院お目出度とね」 「母さんの言う事聞いて、無理したら駄目だがよ」 「判ってる」 智香の移動の送別会を係でささやかに開かれた。代わりに配属となった、峰尾千香の歓迎会も兼ねていた。係長の井口が 「東山さんが退職する訳でも無えがし、同じ社内で仕事する訳だし、峰尾さんの歓迎と言う事で楽しくやるべ」 「そだな、離れるの寂しども、峰尾さん、よろしくな」 井口係長、尾久正治、多田加代、新人の峰尾千香と智香が、注ぎ合ったビールを手に乾杯する。智香は応えた。 「この係で、二年短かったけど、お世話になりました。感謝してるがね」 「営業頑張れな。大石さんの代わりだし、上手く出来るがよ」 「峰尾さん、会社慣れたがか」 「未だ、知らねえ事ばっかしで、右往左往してるばっかりでな、よろしくお願えします」 「大丈夫よ、誰でも最初は同じだがね」 「私も、品名、数量間違えた事多かったしな」 「そだな、発送が怒って来た事あったな」 「多田さんに接して貰ろて、助かったが」 「多田さん頼りのなるがよ、係長よりもな」 「それは無いだろ、尾久君」 和気藹々で笑い声が響く。新人峰尾さんの気持ちが綻んで行くのが判る。 「営業の大倉、会社の野球の仲間だ、東山さんを優しくしてけと言っとくがよ」 「係長、忘れねえでね」 |
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