華扇 3
会社に野球チームがある。井口に応援頼まれて、得意先のスーパーとの試合を見に行った、これが全く弱くて、完敗だった事を思い出す。井口は接待試合だから、相手に花を持たせたと言い訳してたが、素人目で弱さは理解出来た。終えて意気軒昂の相手と食事会、接待にはなった訳だが。もう少し球を飛ばして欲しかった。相手のチームの投手は高校生の時野球部員だったと言うから、仕方無かったのかも知れない。井口が思い出したように言う。
「尾久、お前え野球出来るが、会社のチームに入れ」 「弱いって評判だが、嫌だな」 「強く無いから良いんだがや、相手も誘い易いべ。親しくなるチャンスだが」 「負けたら悔しいがよ」 「良いんだそれで、親睦で注文もあるがしな」 「その禅譲の精神が、会津人の悪いとこだがね」 「そだな」 「考えておくがよ」 「入部届け出せな、ユニホームも何かも全部会社持ちだがしな」 「若いから、小間使い覚悟したが良いがよね」 多田さんが尾久君に助け船を出す。 「役職関係無え、役割平等だ。部長は別だがも」 「部長も来るがか」 「接待だしな、顧問だがって、たまに来るがよ。峰尾さんも応援頼むべな」 「はい」 智香が新しく配属された、営業課は課員十一名、課長は石井敏和、係長は大倉太一、由井伸吉、田村次作、班長、金田光一、他は高井勇、村田次郎、川村伸子である。商品知識も必要、又会社の前線部隊、在職歴もあるベテラン揃いであった。 会社は東北を基盤としているが、首都圏への販売もある。智香は宿泊での出張もあると石井課長から言われた。 智香は大倉とコンビで、得意先を回る指示を受けた。 営業だからと言って、厳しくノルマがある訳でも無い。ただ一応の目標はある、最近は販売店も不況で大変である。時には納入の価格交渉があるし、ライバル会社もある。 大方は係長の大倉が、受け持ってくれるので智香は補助だった。販売店での展示に手伝いをしたり、それとなく場所を変えて貰ったり、メーカー拡張員の案内をしたりが主な仕事であった。 「東山さんと一緒だと助かるがや、やっぱ雑誌に掲載されたのが、効果あるがや」 智香の顔を得意先で知ってくれてるのだ。 「雑誌効いてるが、私も驚いてるがね」 「本当だな」 「今日わ、北方産業です」 「雑誌の人だな、憶えとるがや」 「これから、回らして貰うがね、よろしくお願えします」 「こちらこそ、よろしくな」 「商売どうですがね」 「まんず、まんずだ」 智香が最近、大倉係長と訪問する会話である。 数ヶ月経過し、智香も大分営業に慣れて来ていた。巡回に回って勧めた品が、店先に並んでいたソースに変わって、他の商品が置いてある。 系列契約もあり、全ての商品を取り扱ってる訳で無い、競合もあるのだ。 智香は店員に尋ねる。 「どうしたが、いつものソース並べて無いがし、品切れしてるだか」 「売れ行き今一だで、変えたが」 智香の扱いのソースが、店員の指さした他の店に置いてある。 「だば、これはどうだがや、他で評判良いがよね」 「でもな、特売セール広告出したがしな」 「お願いするが、この脇に置かして貰えないがかね」 躊躇してる店員に頼み込んで、何とか置かせて貰う。大倉も知っていた、訪問して挨拶する折り、必ず店の商品の配置、店々の顧客の動向等は熟知している。他店に行く車の中で 「東山さん、上手くなって来たな。俺も商品変えてあるの知ってたがや」 「とっさに、出て仕舞ったがね」 「商品、一度変えられると、又元に置いて貰うのを大変なんだがね」 「そだね、、助かったわ」 「店もチラシ配布してるがって、隣に並べて貰ろただけで、上々だがね」 智香は大倉に褒められて、気持ちが良くなった。又消極的な性格が、変化してるのを感じた。 そんな折り、芳則からメールが届いていた。 菊治さんの具合、変化ありませんか、定期検診に来られる折りは、返信下さい。 大病院は患者も多い為、時間も要します。連絡あれば、出来る限りで便宜を図れると思います。 芳則が父の事、気に留めておいてくれたのだ、智香は嬉しくなった。 「どうしたが、急に笑顔になったが」 「係長に褒められたがってね」 智香は大倉の問いに惚けて応えた。空も眩しく見える。 智香は芳則の存在を身近に感じた。穏和で清涼な双眸に見つめられた気がして、一人赤面する。 父は稲を例年の半分にしたので、手持ち無沙汰な感じは否めない。それでも毎朝みちのえきに運び込む野菜があるので、夫婦の朝は変わらない、智香が出かける時には姿は見えない。 智香は手早く、蚕に桑の葉を与えると出社の準備をした。大分大きくなり、新しく与えた葉を食べる、ガサガタと声がする、そろそろ眉箱の用意もしないと、思いながら家を出た。 昨夜芳則に返信のメールを送った。 「お陰様で普段通りに過ごさせて戴いて折ります。父と相談して、来月に伺うつもりです。追ってご連絡させて戴きますので、よろしくお願いします」 芳則は届いたメールに智香の顔が浮かぶ。 上京した時には、幼い面差しだったが、帰京再会した時、すっかり大人の女性に変貌していたのに驚いた。 又会えると思うと楽しみでもある。 智香は新製品に冷菜、冷麺を積み込むと大倉係長と営業に出かける。 「暑くなって来たがや、汗で堪らんがよ」 大倉係長は、太めの身体を車に押し込むように乗ると、車内のクーラーを全開にする。 外の日差しは眩しい程に照りつけている。 「夏休み、旅行でも行くがか」 そうか、夏休みが来るのだ、その休暇を利用して、父の検査に行こうと考える。 智香の会社では、一斉に休業せず、交代で休暇を取る制度で、七月中旬から八月一杯迄課内で調整していた。一応家庭の事情もあり既婚者が優先で、独身者はその間に消化するのが暗黙の了解となっている。コンビで巡回してるので、大倉係長に合わせる事になる。 「係長、何時に決めたが」 「明日皆で相談するがも、俺なお盆前にしようと思ってがよ。お盆の休みてえ、言う人多がってな」 「私もそれで良いがね。予定も無いがってね」 翌日の課内の打ち合わせで、智香は八月十日から十二日に休暇を取る事になった。大倉の言う通り、お盆時の希望は多く、前年取った人を除いて抽選で三組が決まる。当選して安堵の顔、外れて少し残念な顔、小学生の時夏休みクラスの生き物当番を決める時の、抽選が思い浮かんだ。智香は父の了解を得ずに勝手に、芳則にメールを送信する。 「お手数をおかけしますが、父の検診を八月十日から十二日にお願い出来ませんでしょうか」 父の性格は判ってる、優柔不断なのだ、何時にと言っても理屈を言うのだ。その点母は決断が早く揺るがない。芳則から来る日にちを母に言えば決まる。要は母に芳則から指定された日を伝えれば良い。賞与も数日後に支給されるので、一泊して松島遊覧も良いなと思う。 芳則からの返信が来た。待つ数日は長く感じてたが届いて安堵した。 「母さん、芳則さんが父の検診、十日が都合良いと貰ったがね」 「そうだか、父さん十日行くがよ、そのつもりでな」 父が反論する間を与えない。 「翌日、松島でも行くべか、賞与も出るがしね」 「そうするがかね」 母は父が入院した事もあるのだろう、素直に受け入れていた。 「智香が松島連れて行ってくれるがと、父さん、楽しみだがね」 「うん」 父は気の無い返事で応える。 智香は行く前に美容院で髪を整え、洋服も新調、念入りに化粧して向かおうと心が躍っていた。反面この気持ちが芳則に伝わるかと不安もある。 当日智香は父と母を乗せ、早朝に医療センターに向かい車を走らす。仙台では有名な七夕祭りも終わっており、道路規制も無く遅れずに着いた。脳神経科の受付で、血液検査、CTスキャン等の検査指示を受ける。検査箇所を回り、再び診察室に入る。芳則が同道された家族の方も呼ぶ。智香も母も父と一緒に検査結果を聞く。智香は気後れして、真とも芳則を見れない思い切って、顔を伺う。芳則は穏やかな顔で笑っていた。 芳則の前に、父のCTスキャンで撮られた数枚の写真が、貼られている。 「現状診る限りでは、心配される事は無いと思います」 母は安堵した顔で応じた。 「智ちゃん、今日そのまま帰るの」 「時間どのくらい掛かるか判らないがって仙台に泊まるつもりだ、明日三人で松島でも見物しようと思ってるがね」 「それは、楽しみだね」 智香は芳則の事務的な会話に、私は特別意識されていないと落胆した。沈んだ気持ちで宿に入った後、三人で夕食した時メールが送信されて来た。 「十六日、日曜日に帰京するので、飯盛山でもハイキングしませんか」 智香は途端に嬉しさが湧き上がり、直ぐ返信していた。 「楽しみに待ってます」 智香の変化に母は 「何があっただ、急に笑顔になったが」 「ちょっとな、遊覧船乗るだで晴れると良いがね」 智香は知らず知らずの内に、饒舌になっていた。 「父さん良かったな、順調だと言われてがってな」 「良い言うがも、お酒は控えて貰わねばなんね」 母は父に釘を刺して言う。 「そうだがし、父さんには長生きして貰わねばなんねしね」 「三人で温泉に来れたも、父さんの入院のおかげだな」 「母さんものんびり出来て、良かったがしな」 智香は肌に少し痛みを感じる、どうも昨夜女を磨こうと、温泉で強く洗い過ぎたかな、港に来る間も運転する車、追突しかけて急ブレーキも踏んだ。気持ちが高揚してる。 乗船した船で、両親が移り変わる景色に見とれてるのを横目に、カモメの餌に煎餅をあげる。心の内で囁く 「君達にも分けてあげねばな」 近くに居た人に頼んで、家族三人の写真を景色を背景に撮って貰った。智香には楽しい仙台旅行となった。 帰宅して蚕の繭から、紡ぐ糸の手作業も何か浮き浮きする。弾む心は染色も、模様を思考して糸を揃え機を織りながらも、自然と笑みが溢れて来る。芳則が来る十六日が待ち遠しい。 夏期休暇を過ごし、智香は大倉と営業に回る。 「東山さん、受注係してたから知っとるがこの時期、都会から帰省してる人が多いが、 品切れ、急納品依頼があるがよ」 「確かに、有ったがね」 「予想外に忙しいが、暑いけど頑張ろ」 大倉に励まさせながら巡回、確かに受注があった。智香は携帯で会社に連絡する。 「多田さん、急ぎで納めて貰いたの」 智香は受注された、品名、数量を伝える。一通り回り終えて帰社、休日明けで疲労感はあるが、受注を受けた達成感もある。 「係長、休日何してたがね」 「家族サービス、海水浴に行って、水族館の寄るで、家族持ちは、苦痛だったがよ。でもな、それしとかんと、女房子供に非難されるがってな」 大倉は言葉では嘆きながらも、家族を慰安出来、満足した顔である。 「東山さんは何したが」 「私、父の診察で仙台に行って来たがね」 「東山さんの父入院してたがしね、具合どうだ」 「はい、大我無しで、一安心したがね」 時間の過ぎるのを遅く感じながら、待って居た。早くに起きて身支度を調えてる。 「今日は」 芳則の声に智香は胸の動機が高まる。母が応対に出た。 「芳則さん、帰って来たがかね。先日は色々とご面倒かけて、ありがとね」 もう、智香は玄関に居た。 「芳則さんが、飯盛山に登ると言うがよ。出かけて来るがね」 「せっかく来てくれたがし、上がって貰うたがね」 「良いがね、芳則さんも忙しいがし、行って来るがね」 芳則が躊躇してるのを、引くように智香は家を出て行く。芳則は会釈して付いて行く。 芳則の赤い車が止まってる。一緒に乗り込む、智香は早く一緒の時間を作りたかった。 「芳則さん、良い車に乗ってるがね」 「これ、レンタカーだよ。僕は普段宿所と病院の往復で車は持って無い」 「不便で無えがかね」 「徒歩で行けるし、駐車も面倒だしね。智ちゃんは何に乗ってるの」 「私は軽だがね、通勤とか買い物ぐらいだがってね」 「勤め、確か食品会社だよね。母から聞いたけど」 「うだ、今営業係してるだね」 「スーパーとかに行くの」 「そだね、注文貰うだね」 「色々と変化あって、楽しそうだね」 たわいの無い会話を交わし、山の下お土産屋さんを通り越して、駐車場に車を止め、山頂に向かい登り出す。智香は昨日散々回って買い求めた、新調の洋装見て貰いたいと意識して歩いてるのに、芳則は感じて無いのが不満である。 「何年振りかな、飯盛山に登るのは、高校生の時以来かな」 「私も近くなだに、来るの久しぶりだがね」 「山道を歩くの良いね。気分が晴れるよ」 「少し、暑く無えがかね」 智香は持って来た、バッグから清涼飲料を取り出すと、一本を芳則に渡した。蓋を開けるプシュと爽やかな音がする。 「智ちゃん用意してくれたんだ。ありがとう」 「木々の緑濃くなったがね」 「智ちゃんと登れて嬉しいな」 「本当にそう思うがかね」 「そうだよ、来て良かったな」 智香は身体の血が顔に集中して、赤面、火照りを感じた。今まで生きて来て最高の時間だと思うと嬉しい。 山頂に着くと白虎隊士の墓を詣でる。他の観光客が添えたのだろう、花と線香が添えてある。山頂からは鶴ヶ城の天守が見える。 「此処は会津青年の情熱と魂を感じるな、僕はね、迷ったり、悩んだりした時良く来たんだよ」 「芳則さんにも、悩みあるだかね」 「それはね、僕はそう強い方じゃ無かったからね」 「私なんて、悩みばっかりだがしね」 「野口英世の事もあって、医師に成ろうと決めたんでけどね」 そのような会話をしていた時、芳則の携帯が鳴った。 「急患で呼び出しが来た」 「どうするがね」 「急いで、病院に戻らないと。ご免又埋め合わせする」 芳則は踵を返し、帰るのに、エスカレーターに向かった。智香も急ぎ追う。 駐車場に着くと 「智ちゃん、送って行けなくてご免ね」 「良いがね、バスもタクシーもあるがし」 「悪いけど、母に帰ると伝えてくれないかな」 「判ったが、気付けてね」 芳則が帰って行く、車を見送り智香は用意した弁当が無駄になった。暫く立ち尽くし気を取り直して、バスに乗った。短い時間の忙しない別れ、でも又会うと約束してくれたしと思いながら帰宅した。 バスを降り、西郷さんの家に寄った。 「今日わ」 「あれまあ、智ちゃん来たがしね。冷たい物でもどうだね」 智香は文子さんに招かれて家に入る。 「芳則さん、急患の連絡来たがて、お母さんによろしくと言って、病院に帰ったがね」 「わざわざ、ありがとね」 智香は文子さんの差し出した、冷茶を受け取る。 「男の子はつまらないな、来たと思ったらもう居なえがしね。その点多恵さんとこは良いがし、智ちゃんが居るがってね」 文子さんは寂しそうに言った。 「急患では仕方無いがしね。智ちゃん菊治さんどうがね」 「父さんは、おかげさんで元気してるがしね」 「良かったな」 智香は暫く時間を潰して帰宅した。 「智ちゃん、又来てくれがしね。父さんと二人だば話にならねえがってね」 「そうするがね」 智香が家に入ると母が 「早かったねえがしね」 「芳則さん、急患で病院に戻ったがね」 智香は西郷さんに言った事を繰り返した。 京香は龍雄に依頼されて、プレジャーボートの乗っていた。 龍雄が社員と共に顧客の案内をするので、同道して欲しいと言ったのだ。 龍雄の操縦で逗子マリーナを出航、社員が顧客をキヤビンの中、機器、装備等を説明している、京香はテーブルに会食の用意をしてる。 案内されてる顧客は三十五歳前後であろうか、装備類に触れたり、扉等を開けたりして確認をしてる。 龍雄はプレジャーボートを楽しみたいと言う人は裕福だから、町のお店のように販売促進の言葉は必要無い、乗船を楽しく盛り上げてくれるだけで良いと言っていた。 だから、京香も龍雄もパーカーを羽織り、短パンで遊興スタイルである。一人社員だけが、ブレザー、ネクタイ、の仕事着で応対して説明に余念が無い。 ボートから、陸を眺めると景色は一変する丘の緑、家並みが絵のようだ。海は水平線迄碧く、陽の光を反射して輝き、開放感が身も心も満たしてくれる。遠くで海洋を行く大型船が通過して行く。沖に出た処で龍雄は操縦を顧客と変わった。顧客が操舵を握り、遠くに眼を向け、社員の説明に満足してる顔が伺える。龍雄が京香の所に来た。 「今日はありがとう、君が居ると絵になるのでね」 「プレゼン、上手く進行してるの」 「まあね、無理に勧める事は無い。顧客が満足すれば、それで十分だよ」 暫くして、錨を降ろしたのだろう、社員に促されて、顧客がテーブルに座った。 「大賀さん、海洋から見る花火もこれからは綺麗ですよ」 「そうね、雑踏せずに楽しめそうだわね、貴方」 「接待にも利用できそうだな」 「スキューバダイビングも楽しめますから休養には最高だと思いますよ」 「釣りも出来るだろう」 「勿論、計器類も揃ってます」 「来賓接待にも使えるな」 大賀さんと言う顧客は、京香に注がれたワインを傾けながら、満足そう言った。 「子供達も乗せたら喜ぶでしょうね」 「乗せて貰うと、益々欲しくなるな」 龍雄に聞かされていたが、顧客は急成長のコンピュータソフト会社のオーナー夫妻だと言う。 「我々の仕事は机と画面の日々だけに、このように海洋に出て、開放感に浸るのも必要だな」 「社員のコミニケーションにも、良いと思うわね」 美人の京香のラフなスタイル、龍雄の日焼けした海の似合う男性、これだけでも販売効果はあった。顧客の大賀夫婦も魅了されていた。大賀夫婦は用意された軽食を摘み、ワインを飲み笑みを浮かべている。休憩をした後大賀夫婦は再度確かめるように、船を操縦していた。 「ありがとう、今日はすっかり楽しませて貰った」 「もう少し遠くに出ると、海岸線の景色も眺められたのですが」 龍雄はさりげ無く売り込みをする。大賀夫婦は、社員の車で帰って行った。 龍雄は酔いを覚ます為に、京香とロッジの席で清涼飲料を飲む。 「あの夫婦、急にリッチになって見栄張ってたな」 「貴方のように、根っからの遊び人じゃ無いわね」 「それは無いだろう。真面目に仕事をこなしたつもりだぜ」 「貴方流のね」 「京香、厳しく無い。偏見だよ」 「仕事と余暇、ご両親は本当に良い仕事貴方に、与えてくれたわね」 「それは、感謝してるな。海が呼ぶ、風が吹く、自然だよ」 「意に介さない、貴方らしいわね」 「懐が深いと言って欲しいですがね」 「そんなに都合良くは言えません」 龍雄は無邪気な顔で笑ってる。 「まさか、ジゴロとは思って無いだろう」 「ジゴロはもうチョット、インテリじゃない。少なくても、やんちゃな感じでは無いわね」 「知的な感覚で、京香と争いはしませんがね」 「それが理解出来れば大変よろしい。さくらマ―クをあげましょう」 「サクラマークか小学校の時多かったけどな。大成して、サクランボと実ったんだね。さしずめ、俺の場合、大きく可愛い優秀品だな」 「ふ、ふ、ふ、」 龍雄は京香の笑いに不満そうに応える。龍雄の家は鎌倉にあり、着替えをしに向かう。 龍雄には妹、亮子が居るが、海外ロンドンに留学してると聞いた事はあるが、あまり話題に乗らず、京香は詳しい事は知らない。 二度程龍雄に案内されていたので、家の事情は知っている。京香と龍雄が家に入ると紬の涼しい和服姿の母が出迎えてくれた。 「いらっしゃい」 「お邪魔いたします」 「お母さん、お茶会じゃ無かったの」 「未だ、少し時間があるのよ」 「そうか、京香、着替えたら」 京香はお辞儀をして、肌に付いた海水を落とし、軽く化粧し居間に戻った。 「今日は、龍雄の接待にお呼びして、ご面倒をおかけいたしましたね」 「いいえ、丁度時間に合間がありましたから」 母は冷茶に水羊羹を添えて出し。 「冷たい物ひとついかがですか」 「龍雄、商談上手く出来たの」 「判らないな、感触は良かったけどな」 「ところで、京香さんお仕事は順調ですの」 「ええ、今のところは」 「おひとりでの、お仕事大変でしょう」 「小さな事務所ですから、忙しなくはしてますが」 「お母さん、お茶会時間じゃ無いのか」 「良いのよ、時間をはっきり決めて訳でも無いから。それとも邪魔かしらね」 「いえ、私こそ甘えて伺い失礼いたしました」 「それにしても、毎日暑いですね。例年より残暑が厳しいのかしら」 「船上で潮風に吹かれて、爽快でした。都会に居ますと、中々このような機会も無く楽しめました」 「そのように言っていただけると、ありがたいわね」 「京香さん、お忙しいでしょうが、時々は寄って、私の話相手でもしていただけると助かるわ。普段はひとりでしょう、寂しい時もありますからね」 「お茶会、お花、催し物と結構出かけてじゃ無いか」 「それは、誘われたら、断る訳にもいかないもの仕方無いわよ。京香さん、お茶とかお花とかされませんの」 「料理とか習いたいと思ってはいますが、時間が取れずにその儘にしてます」 「お仕事持ってられると仕方無いですね」 「どうです、機会を見てお茶会でもご一緒なさいませんか」 「ありがとうございます」 龍雄の母が、お茶会に出かけると言うので一緒に家を出た。母は別れ際。 「龍雄、貴方又出かけるの」 「彼女を送って行くのさ」 京香は龍雄の車で自宅に向かう。 「母親は五月蠅くてかなわないよ」 「心配なのね、それとも可愛いのかな、龍雄が」 「君までそれかよ、俺を子供扱いして。擽るぞ」 龍雄が京香の脇腹に手を伸ばす。京香は身を避けて 「安全運転してください」 「前を注視して運転を怠っておりません」 京香の部屋の前で龍雄は別れた。 「寄って行く」 「俺、会社に行くから、後で寄るかも知れない」 「じゃ、気を付けてね」 「おお」 京香は作業途中の仕事を手がける。立ち上げて期間も短い小事務所、作業が多いのだ。 仕事が一段落し、龍雄が来たら、食事に出かけようと紅茶を煎れてソファーに座る。暫く待つが来る気配も無い、連絡も無い。京香は携帯を取り出し架けてみるが、圏外と繋がらない。ひとりで寂しい訳では無いが、あのやんちゃ野郎、羽を伸ばしてるなと忌々しくもある。出かけて外で食事するのも面倒だ、冷蔵庫を覗き、総菜を取り出し、乾麺を茹でて軽く食べた。 事務所での、慌ただしく仕事を続けて数日が過ぎて、いつも通りに部屋に入ろうと鍵を差し込むと開いていた。内に進む。 「よお」 雑誌から、眼を向けた悪戯坊主の笑顔があった。京香は平静を装い 「どうしてたの、連絡もとれなかったけど」 「多忙の貴女の仕事、邪魔しちゃいけないと思ってね。それに俺も仕事してたしな」 「君が仕事、遊びも仕事の内だからね」 「それは無いぜ、仕事だったのに」 真剣になって言う事が、不似合いで可笑しい。 「あのな、お袋が依頼したい仕事あると言うのだけど」 「へー、どんな仕事なの」 「お袋の知り合いで、颯花琳流の発表会の 発表作品集の作成をお願い出来ないかと聞かれたのさ」 「それって、あの活け花新派、河津野心章」 「そうだよ」 河津野心章は今、マスコミでも話題の壮年の活け花師匠であった。端正な顔立ち、整然とした体型、特に若い女性に羨望、高い人気で支持されているので、京香も知っていた。 「何で、私に」 「お袋は後援者のひとり。発表会と言うと新春、秋が普通。それを覆して、盛夏に清涼をテーマにするらしい、従来から頼んでいた人が急に亡くなって、新人で作りたいと言う訳」 「お母様が紹介して下さったのね」 「上手く運べば、以後ポスター、案内状等の作成も可能だぜ、挑戦してみないか」 「返事待って貰えない、相談したい人が居るの」 「高須俊介さんだろ」 「そう、私の尊敬してる先生だからね」 京香は龍雄の母が、自分の事業の評価をしてる。気を引きし締めて行わないと、龍雄との今後に影響する、断っても何かにしこりは残る。 京香は翌日、高須に電話して時間を取って貰った。 「独立してから、一緒に飲む機会も減ったね。どうしたの深刻な顔してるけど」 京香は龍雄の持ち込んで来た仕事、龍雄との関係を再度、高須に話した。 「薄々察してはいたけどね、京香に恋人が居ても不思議な事でも無い」 「将来もあるので、良い仕事にしたいと思ってます」 「私に知り合いのカメラマン、美濃克信を紹介してやるよ。君の事務所の竹井君も聞いてると思うけど、多少は世間でも名が知れてる」 「お願いします」 「竹井君の勉強になるし、顧問料は覚悟しないと」 「今回は、赤字でも良いと思ってます」 「そうだね。将来もある訳だしね」 高須は優しく、京香の悩みを解消してくれた。龍雄に受諾の連絡を入れた。心の凝りも取れてほっとした。 「君は若いから、恋も大切にしないとね。色々と大変だ」 「ええ、まあ」 「私も後援者として、成功して欲しいからね」 「相談して良かった。助かりました」 「明日でも、美濃に電話して都合聞いて連絡する。君も竹井君を連れて挨拶しておいた方が良いよね」 「ありがとうございます」 京香は高須から連絡貰うと、美濃のスタジオに挨拶に出向いた。美濃は高須と親しいようで、写真撮りの時間を空けてくれた。生花でもあり、会場に整備が済み次第に撮るのが良いと言う。京香は龍雄から連絡を貰い、河津野心章の屋敷に伺う。 河津野心章の屋敷は神田に在った、石敷き生け垣を通り、入母屋の屋敷に入る。案内されて部屋に入ると、数名の生徒さんに心章が指導している。脇の置かれたテーブルで終えるのを待つ。 「お待たせいたしました」 「東山企画です、この度はお仕事ありがとうございます」 京香は、スタッフの山際、カメラマンの竹井を紹介する。 「ご面倒をおかけしますがよろしく」 「当日は他に、カメラマンの美濃克信も同道させていただきますので、よろしくお願いします」 河津野は美濃を知ってるのだろう、少し驚いた顔を見せるて、出来あがる作品集に安堵していた。 京香は河津野に言われた、写真撮りの打ち合わせを行い、了解を受け手筈を整えた。 智香の営業巡回先にみちのえき、あいずもある。友里恵が此処で大村と知り合ったのも知っている。店に入り、品揃えをしてる大村を見つけ。 「大村君、今日わ」 「おお、智ちゃん」 「智香、久しぶりだがね」 気づかなかったが、友里恵が隣で同じように検品していた。友里恵が迫り出したお腹で近づいて来た。 「友里恵、何してるが。旦那様の監視だかね」 「違う、パートに加えて貰ったがよ」 「智ちゃんの掲載でが、客も増えたが、所長が手が足りないと言うがしな。智ちゃんの品物を売れるがってな」 「友里恵、目立ってきたがね」 智香は友里恵のお腹に指差して言う。 「そだ、恥ずかしいがしね」 「順調なんだかね」 「まあね、時折お腹打つがしね」 「幸せそだね」 友里恵は笑顔で頷いてる。 「大村君、重い物君が持った方が良いがよね」 「判ってるが、智ちゃんに言われんでも」 平日にしては中々の入りである。会計で並んでる人も居る。大村の言う、雑誌掲載の効果は現れてる。 大倉係長は事務所で、志田所長と交渉に入ってる。 「医者も運動した方が良い言うがし、赤ちゃんに支度もせんがってね」 「それで、パート始めたがしね」 「お金もかかるがってね」 「私、旦那様の浮気防止に来たがと思ったがね」 「智ちゃん、争いの種作りに来たがか」 大村は笑いながら、言い返す。 「ふたり、上手くいってるようだね」 友里恵の可愛い顔が更に可愛く輝いてる。 そんな折り、智香と大倉は、石井課長に呼ばれた。 仙台で物産展の催しがあり、応援に行って欲しいと言う。 「この前の雑誌の事もあってな、君に行って貰いたがよ」 「ひとりですか」 「そうで無え、大倉君もコンビだがし、販売応援頼むだ」 「日帰りだがか」 「いや、三日間だな」 智香も大倉も承諾した。智香は芳則に会えると思うと今回の出張は嬉しい。早速、芳則にメールを送る。芳則は非番を調整して、時間を作ると返事を返してくれた。 帰宅して、両親に出張の話をすると母が。 「嬉しそだな」 母は智香に気持ちを察して言う。父は複雑な顔をしているが止めてもいない。 夕食を前に風呂に、湯船に浸かり心も浮いて思わず鼻歌を口ずさんでいた。夕食を囲んでも笑みが溢れる。 「智香、会社で良い事あったがか、妙に楽しそう顔しるがよ」 「何も話すような事無いがよ」 母は智香が芳則を好いてると確信した。智香がこの家を出て行く日がそう遠くないと思うと寂しいが、娘を授かった以上仕方の無い事だと悟る。 「智香、洗い物あるなら出しとけ、洗濯しとくが」 「うん」 智香は着替えた下着類を持ち、洗濯機の前で洗い物に仕分けをしている母の所に持って行った。 「仙台で芳則さんに会うがか」 「うん、都合つけれると言ってたでね。父さんの事も聞いとくがよ」 智香の口調は軽い、多恵は寂しさを隠し 「よろしく言っといてな」 「うん」 数日して、智香と大倉は市の商工観光課に呼び出された。会場には酒、味噌等の醸造元農産物の生産者等、百名程が集まっていた。 市の担当者は川俣雄介他三名、智香は以前の雑誌掲載での知り合いである、大倉は既に数回物産展の経験があるようで、知り合いも多いのだろう、挨拶を交わし智香を紹介してくれた。川俣は智香を見つけて近づき 「又、世話になるだね。よろしく」 「こちらこそ、よろしく頼みますがね」 当日着用する法被類の衣装が配られて、川俣が物産展の要領を説明する。経験者も多いのだろう、説明会と言うより、結団式であった。智香は試供品提供のキャンペンを数名の女性に混じって案内する事となり、大倉は販売品揃え等を担当する事に決まった。現品は個々の生産者が運び込む、店舗設営の為に前日午後に会場集合となった。会場は仙台駅近くの商業ビルの一角フロアを使う、何度となく同じ場所で開催してるから、大倉は配られた見取り図を軽く眼を通しただけだった。 根が真面目な智香は友里恵に要領を聞いておこうと思った。未だ開催まで時間はある、休日に織物を持ってみちのえきに行く事にして、メールを友里恵に送った。 |
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