華扇 4
「係長、物産展予想してたより大規模なんだね」
「市も生産者も知名度を上げる絶好の機会になるがしね。でも緊張しても仕方無いがよ」 「売り上げが評価となるだね」 「当日の天気にもよるがしな」 大倉は慣れてるのか、気楽そうに返答していた。 智香は休日に手荷物を持って、みちのえきに向かう、友里恵の昼休憩に合わせて、軽食と果物も一緒に車に乗せた。 会社で友里恵と隣合わせて、弁当を広げ一緒に食事を摂ってたのを思いです。 「友里恵、母の貫禄するが、もうお腹の子供性別判ったべね」 「うん、主人には教えてねべも、男の子らしい。黙ってててね」 「うん、秘密してるがよ」 「ふ、ふ、ふ」 友里恵の嬉しそうな顔が眩しい程に輝いてる。 「私、物産展初めてだが、助言して貰いたいと思ってね」 「助言っても何も無いべし、笑顔で来た人に試食品配るだけだがね」 「貰ってくれない人も居るべ、そんげな人が多かったらどうしたら良いかね」 「そんげ事心配してもしょうが無いがよ、気持ちを楽にしてやるがね」 「売り上げが良く行かなかったら、営業に回る時困るがしね」 「智香なら、大丈夫出来るがね」 「友里恵は容易く言うけどね、不安あるがね。あ、これ、大村さんに言われたの持って来たが」 智香は、織ったテ―ブルクロスを差し出した。 「智香の品物時々売れるが、後で渡しておくがね」 「ありがとね」 「かなえとか皆変わり無いがか、時折会社の頃思い出すがね」 「全員元気変わり無いがね」 智香は友里恵に励まされて帰宅した。 季節は秋を迎えた、早場米も収穫されて、葡萄、梨も実りの時期となって、物産展の日が来た。 智香は大倉係長と車で会場に入る、責任者の川俣の指示を受け、智香と大倉は会場設営産物の仕分け、整理、会場では持ち込まれた産物を店舗の担当者が忙しなく並べている。 智香は会社の業務の関係もあって、味噌、醤油、酒等の試供品案内をする事が決まっていた。簡単な製品説明を受けたが、会社で取り扱ってる製品でもあり知識はある。試供品案内に使う小皿、コップを手際良く用意して明日の開店に備えた。慣れた職員も多く作業は順調に進んだが、それでも終えて宿に着いたのは十時を回っていた。大倉と軽く夕食を済ませ、部屋に入ると智香は直ぐに芳則に電話したが、業務中なのか繋がらない。メールで明後日の九時に会う約束はしていたが、芳則の声を聞きたかった。シャワーで身体の汗を流して再度電話した。 「電話くれたようだね。急患もあって出れずにご免ね」 「いいえ、取り立てた用ではなかったけど仙台に着いたがし、電話したがね」 「良かった、多忙で出れなくなったのかと心配したよ」 「大丈夫、明後日は必ず行けるがね。それより業務中で悪かったがかね」 「そんな事無い、今何してるの」 「少し疲れたけど、明日もあるので休もうかと思ってるが、芳則さんの声聞けたがってね」 「僕は今日は終夜勤務だね」 「仕事の邪魔してしまったがか、明後日楽しみにしてるがね」 智香は芳則の勤務に迷惑にならないようにして電話を、もう少し話たいとの思いを断ち切った。 十時開店、智香も含めて職員が早くに入り準備再確認する、開店前に全員が集まり、川俣の声を先導に、物産展の成功を祈願して気勢を上げる。智香は興奮し紅顔していた。 「頑張って行きましょう」 「おおう」 智香はドアを開ける、宣伝効果も幸いして時間を追う事に客数が増えていた。特に生鮮食品を並べてる所には行列も出来ている。 「こちらの商品は市販の商品と違い、防腐剤等、化学薬品が全く使われてません、安全安心ですがね」 美人の智香の誘いは好評で、手に取って貰える。 「自然の風味、一味勝りますがね」 智香は熱意を持って客に勧める、客の一部が購入してくれる。販売してる職員にも明るい表情が感じられた。 客の途切れを見た職員が智香に声をかけてくれた。 「今の内に食事した方が良いがね。混み出したら出来なくなるがしね」 興奮気味で食事を忘れていた。休憩室に入る時に裏方を任されてる大倉とすれ違う。 「東山さん、大好評だげ」 「はい、良かったがね」 「だから心配いらねえと行ったがよ」 「そだね」 大倉は忙しなく移動して行った。智香に疲労感は無く、安堵感が広がり、積んで置かれた弁当とペット飲料を取り、遅い昼食をした 何を食べたか思い出せない程に興奮してた。 休憩室は狭く、商品も置いてある。隣で食事していた婦人に声かけられた。 「北方産業の人だが、今日はご苦労さんだがね」 「いいえ、あまり頼りになって無いがも」 「貴女、雑誌に載ってた娘だげね」 「はい、東山智香ですがね」 「私、酒の山形屋から来たがね。貴女のような娘が来てくれたがし、心強いがね」 智香は以前に会ったような気はするが、営業担当の為、仕入れ先に出向いた事は無く、記憶は乏しい。 「弁当余るがね、若いんだがって、余計に食べておいても構わないがね」 小太りの婦人は、智香の食べてるのと違う弁当を取ってくれた。 「十分ですがね」 智香は取られた弁当に手を付けなかった。 「もう一頑張りするがね。お先に」 智香は暫く休み、会場に出た。 「どうですか、試して戴いたら判りますがね」 智香は通る客に勧める。昼にも周囲の会社社員の来訪もあり、客数は増えていたが、夕刻になるに従い又混雑する程に増加した。八時に閉店をすると同時に、初日の実績集計がなされた。 智香は店舗の後始末、明日の準備をしながらも気懸かりだった。一応の整理が付いた九時頃に、責任者の川俣が全員に声をかけた。 集合した職員を前に数字が発表された。予想外の好評を得たようで、どよめき歓声が上がっていた。智香は大倉と笑顔を交わす。 「東山さんが頑張ってくれたが、数字伸びた原因だがね」 大倉係長はそっと智香に耳打ちした、智香は嘘でも言われて嬉しかった。 智香は宿の部屋に入り、湯船に浸かり汗ばんでた身体を洗って、椅子に腰掛け湯上がりを冷ますと物産展での興奮も冷め、明日会える芳則との思いが湧きだして来た。 再会に勝負用に新品下着も揃えた、智香は改めて芳則を好いてると感じてる。そのような事は無いだろうが、身体を求められた時、断れないと思う。芳則を思うと身体が熱くなっている。別の興奮で疲れている筈なのに、目が冴えてすんなりと眠りに付けないのだ。 早くに起き出すと微睡む身体に活を入れる冷水シャワーで身を引き締め、念入りに化粧し勝負下着を纏う。女の戦支度だなと笑みを浮かべる。ロビーで待ち合わせて大倉も何か違いを感じたようで、会わせた目が動揺していた。 「今日、会う人居るがで物産展終えたら出かけるがしね」 「恋人だがか」 「そんげ人でも無いがね」 「隠さんでも良いが、若いだがし」 「そんげ人じゃ無いがね」 「閉店したら、直ぐ出ても良いが。後は俺が繕っておくがってな」 「ありがとね」 大倉はそれ以上聞かなかった。昨日に増して休日に当たってせいか、客数も増え多忙となった。閉店前に客に混じって芳則を見たと思ったが、姿は消えて錯覚だったかも知れない。思いが浮いて出たのか、忙しなさ押され対応に追われて思考出来なかった。 閉店し後始末を済ますと、智香は今日の数字を聞かずに、更に念入りに化粧すると、待ち合わせのレストランに向かった。事前に地図で確認していたので、迷わず着いたが、時間は少し遅れていた。 先に着いていた芳則が、手を上げて招いてくれる。智香はテーブルに着く 「遅れて申し訳無いがね」 「僕も着いたばかりだよ」 芳則が優しい笑顔で応えてくれた。 「芳則さん、業務忙しいがに、時間取ってくれてありがとうね」 「僕だって仕事だけでは息詰まるし、智ちゃんに会えて良かったよ」 「綺麗なレストランだね。会津にはこんげ所無いがね」 「智ちゃんに気に入って貰って良かった」 芳則の笑顔が眩しく輝いて見える。 「一応デナー予約してたけど、これで良いかな。今更変更は出来ないけどね」 「私、好き嫌い無いがね」 テーブルの前にメニューが濃き込まれてるいたが、智香には良く理解出来なかった。 「お酒飲んでも大丈夫」 「ええ、大丈夫だがね」 聞いた芳則はボーイを呼び、ワインを頼んでくれた。満たされたグラスを交わす 「でもね、最初神社で出会った時智ちゃんだと気づかなかったよ。すっかり成長してたのでね」 「私は芳則さんだと直ぐ判ったがね」 「そう、僕は成長遅いのかな」 「そんげ事無いが、立派なお医者さんだがってね」 「もっとも、僕が都会に出た頃は智ちゃん高校生だったからな」 「そうだね、おかっぱ髪だったがってね」 「そう、可愛かったな」 芳則は昔を振り返るように言った。 「ふたりで食事したりお酒飲むなんて、夢みたいだね」 「私ただがって、芳則さんに誘って貰える と考えてもみなかったがね」 「僕も智ちゃんと同席出来てすごく嬉しいよ」 「本当だがかね。そうそう、お母さんが芳則さんに、よろしく言っとくように言われたがね」 「菊治さん、どうお変わり無い」 「うん、おかげさんで元気にしてるがね。本当にありがとね」 「京香さんも仕事順調そうだったね。大学では数回見かけたけど、学部も違えて話す機会も無かったんだ」 「姉は、広告イベントの会社今年始め、多忙だと言ってたがね」 「うん、それは聞いたよ。京香さんは優秀で、コンピューターのように、目標を正確に活動する凄い人だものな」 智香は姉は京香さん、自分は智ちゃん、芳則は智香を女性として認識してくれて無いと不満な思いがした。芳則は食事をしながら、智香のグラスと自分のグラスにワインを注いでくれた。 給仕のボーイが冷菜、ポタージュ、子牛のステーキと運んでくれる。慣れないナイフ、フォークを使うので、皿に当たり耳障りの音が、智香は恥ずかしい。でも芳則は何食わぬ顔で、優しい目を智香に向けてくれた。調理された肉は軽く切れる、口に運び食べる。 「美味しい、会津では食べれん味だがね」 「良かった、智ちゃんが気に入ってもらえて」 又智ちゃんだ、大人の女性だよ。胸の思いを、言い返したい衝動を抑えた。姉の助言とお酒の酔いが智香を積極的にさせた 「芳則さん、男性の一人暮らしは、洗濯、食事とかどうしてるがね」 芳則の周りには、看護士等女性も多い、芳則の目を自分に向けるには、ライバルが多数居る、又もう誰かが競って、面倒見てくれてるかも知れないと思うと不安も募る。 「学生時代からもう長いから、適当に簡単に済ませてるよ」 「私、姉と二人姉妹だが、男性の部屋知らないが、見て見たいだがね」 「智ちゃんって結構好奇心あるのね。温和しい感じしてたけど」 「今度、行って良いがかね」 「本とか、乱雑に汚してるから、落胆するので見ない方が良いよ。」 「そう言われると興味湧くが、行っても良いがかね」 「その内機会あったらね」 芳則は軽く変すと 「智ちゃん、織物を趣味にしてて、出来映え玄人はだしだと母が褒めてたよ」 「それ程では無いけど、みちのえきに出させて貰ってるがね」 「へえ、見てみたいな」 「今度持って来るがね。恥ずかしいがよ」 「智ちゃんらしいね」 会話をしながら食事を終えた。 「私、仙台来た事少ないがし。散策してみたいがね」 智香は芳則に誘いをかけた。 「僕も詳しく無いけど、青葉通り歩いてみようか」 「うんだね」 レストランを出て歩き出した。智香は少し酔いを見せて 「腕組んでも良いがかね」 「ああ」 智香は、芳則に腕に手を入れ身を近づけると、胸の膨らみに芳則の腕をわざと当てた。芳則の戸惑いを感じたが、放さない。芳則は任せている、智香の胸は鼓動を高めていた。 暫く歩くと、通りに面し、外の見える小綺麗なカフェがあった。 「入ろうか」 「うだね」 向かい会わせに座ると、芳則の目が温かな優しい感じに変わった感じがした。 「通りの木々も、冬は灯りで綺麗になるそうだよ」 「聞いた事あるがね」 「又歩けたら良いね」 智香は嬉しくなった。 「絶対に来るが、約束してくれるがかね」 「うん」 智香は作戦成功、小躍りしたい思いだ。今年は記念のクリスマスになったら良いな。外を通る人が祝ってくれてる感じがした。 「芳則さんは休日どう過ごしてるがかね」 「僕か、何取り立ててしてないな、日用品とか本とか散歩がてら出る程度だね。智ちゃんは」 「私、蚕の世話や織物したり、父母の手伝い農作業だがね。今年は父さん入院で、お米半分しか作らなかったがし、楽出来そうだがね」 「そうだね、今は菊治さん無理しない方が良いと思うよ」 「私も母さんも無理するでねと言うがも、みちのえきに野菜出したりしてるがし、頑固で聞かねえがね。今度診察した時に強く言って貰えると助かるがね」 「言ってやろうかね」 「お願いするがね」 通りでタクシーを止め、芳則は宿まで送ってくれた。 「呼び出しの電話無くて良かった。この前のようになると困ると、内心ハラハラしてたんだ」 「今日楽しかったがね。美味しかったし」 直にタクシーは宿に着いた。 「お休み」 「お休みなさい、ありがとうね」 智香の着用した勝負下着は、本当の意味では役に立たなかったが満足した。夢の一日は過ぎた。就寝した時、次回会う時はもっと積極的に行動しよう、唇も身体も許しても構わないと誓っていた。 智香は、今日は本当にありがとうございました、楽しかったです。次回会えるのを楽しみしています。メールを忘れずに送った。 慌ただしく働いた、物産展は好評の内に終えた、解散する時の全員の笑顔が印象に残ってる。 「東山さん、頑張ったがって疲れたべ」 「最初で緊張してたがも、もう始まったら夢中だったがね」 「皆褒めてたが、東山さん良くやってくれたがと」 「そう言って貰えて良かったがね」 「受け良かったがって、営業もやりやすくなるがよ」 帰社して、品川部長、石井課長から労いの言葉を貰い、帰宅し緊張も解けたら疲労がどっと出た。でも翌朝芳則さんから、又会えると良いね。のメールを見た時、活力が増進し日々が楽しく見えて来ていた。 蚕に餌の桑の葉を与え、君も頑張れよと思わず声も出るし、化粧に載りも良くなった感じがして、女性は変わる実感を得ていた。 朝も野菜の荷出し仕事の母を驚かしてる。 「おはよう」 「どうしただ、昨日は疲れたと言ってたがに、いやに元気だがや」 「仕事忙しいがって、奮わせてるがね」 母は事情を飲み込んでる。 「張り切り過ぎて、事故起こさんでな」 母と父はいつも通り、智香を置いて出て行った。 今度の休日は冬も近くなるし、芳則さんのマフラーとテーブルクロスを、念入りに織ろうと思うと胸も熱くなる。 大倉係長と回る営業先でも、声をかけてもらえる事が増えた。雑誌に掲載された事もあって知って貰えていたが、今回の物産展で共に働いた絆も大きい。仕事で気楽に声をかけて貰えるのは嬉しい。大倉との違いもこの辺から来てるのだと思う。商品に展示にも応じて貰える。営業実績の反映にも出てる。大倉が信頼してくれてるのが、接してくれる態度にも出て、楽しく仕事が消化せてる。仙台に行って改めて良かったと実感していた。仕事の間や、就寝する時、蚕の世話をしてる時、ぽっと芳則の優しい笑顔が浮かぶ、胸が火照る。智香は、芳則に焦がれてる、恋に落ちてる自分なのだ。 智香は、気が付くと手がひとりでに動いて合間にメールを送っているのだ。内容はたわいも無い事だ。今日の会社での出来事、会津の天気、蚕の育ち具合、趣味の織物模様等、親密度を増すようなインパクトに欠けるのだ父の具合を知らせるのもお変しい、此処ではそう変わった事も無いのだ。それでも芳則から返信が届くと嬉しい。芳則は多忙のようで返信は多く無い、本当は直接会話をしたいが仕事の邪魔になると避けている。 智香は思案して、姉に相談してみようと思う。昼休みに思い切って電話した。 「智香、どうかしたの」 「お姉ちゃん、今忙しいだがよね」 「うん、仕事中。でも何かあったの」 「ううん、大した事では無えどもね」 「急ぎなの」 「急ぐような訳でもなえけどね。相談乗って欲しいがね」 「急に電話、お父さんに何かあったかと心配したわよ。でも良かったわ、じゃ、今日か明日、夜九時くらいにかけ直すわ」 「ありがとね、頼むが」 「じゃ、後でね」 京香は智香に恋人でも出来たのかなと、察していた。姉として頼られるのは嬉しいが、智香の心細いのは心配でもあった。 智香は待っていたが、当日は姉からの連絡は無かった。翌日電話が鳴った。智香は携帯を持つと二階に部屋に急ぎ入った。 「智香どうしたの」 「うん、芳則さんを好きになったがよ」 「良いじゃ無いの、で、芳則君はどうなの好きになってるの」 「判らなえでも、この前仙台で食事したがよ」 「積極行動しか無いじゃ無いの」 「それがどうしたら良いか判らないがね、それでね姉さんに電話したがね」 「食事した、後連絡とかはしてるのでしょう」 「うだ、メールのやり取りはね」 「芳則君は真面目だったからね、難しいわね」 「そんげ事言わ無えで、相談してるがに」 「医者は忙しいしね、智香が会いに行くしか無いわね」 「そだよね」 京香は暫く思案して 「父さんの定期検診に又仙台に行くのでしょう」 「うん、十一月にね」 「じゃ、その事で相談したい。外で会う時間取れないか聞くんだね。芳則君にその気があれば時間作ってくれるわよ」 「駄目だったら」 「諦めるしかないわね。それとも清姫のように追いかけるか」 「怖いだね」 「自信持つ事ね、智香、誰が見ても美人だからね、私より劣るけどね」 「お姉ちゃん、相談してるがに」 「ふ、ふ、智香の恋狂いね」 「笑うでね、お姉ちゃんに相談してるがにね」 「とにかく、芳則君に都合尋ねてからだわね」 「そだね、やってみるがね」 「頑張れ、可愛い妹よ」 「うん」 「この際、父さんに悪くなって貰うしかないわね。でも本当に病気どうなの」 「今年、稲作付け減らしたがね。お酒も母さん出さねし、無理して無いがね」 「それで良いのよ、父さんは調子に乗るからね」 「そだよね」 「じゃ、正月は帰るつもりだから、母さんによろしくね」 「ありがとね」 智香は京香に相談した事で、ふんぎりは付いた。後は芳則さんに連絡するに決めて下に降りた。 下ではお酒の少ない食事にも、ようやく慣れたようだが、それでも物足りないのか母の煎れた茶を啜り、父はテレビを観ていた。母は洗い物、明日持ち込む野菜の仕分けと、忙しなく動いてる。 翌日、智香は思い切って、芳則にメールを送った。 父の事もあって、又会えませか 待ったが芳則からの返信は来なかった。不安に駆られて日が過ぎる、落胆も加わり仕事に集中出来ない。じりじりと二日間を送っていた午後、大倉と同乗して得意先巡回をしていた時、携帯が鳴った。業務連絡かなと携帯を観た、芳則である。多忙なのだろう、業務の合間に連絡くれたから、智香は仕事中である。 「もし、もし、東山ですが」 「智ちゃん、小父さんに何かあったの」 「うん、相談したいがね」 声が上擦って、上手く話せない。 「直ぐに来院しても良いよ」 「そんげに、急いでる訳で無いがね。相談したいがってね」 「そう」 「会いたいだがね」 智香は大倉が隣に居るのも忘れ、電話に集中していた。 「暫く帰れそうにないな」 「私、仙台に行くがね」 「うーん」 芳則は業務予定を確かめてるようだ、時間が明いて 「来月第二土曜、どうかな十一時で」 「私、構わないがね」 「じゃ、この前のレストランに行くよ」 「判った、ありがとね」 電話は切れた、芳則は忙しいようだ。でも智香は嬉しさが、気持ちが高揚してる。 大倉が感じ取ったのか 「恋人だがか」 「そんげ事で無いがね。次は三沢屋だよ」 智香は気持ちを隠すように、大倉に言う。でも声の明るさに 「隠さんでも判るが、ここのところ沈んでる感じしてたが、急に変わったがって」 「ふ、ふ、仕事集中」 浮き浮き変化してるのが、自分でも判る。芳則さんが誘ってくれた、良かった。安堵すると今度は、何を身につけて行こうかと思案が回る、マフラーは織り上がりそうに無いしテーブルクロスなら作れる、持参しよう。智香は日の来るのが待ちどうしい。 智香は姉に、来月、芳則さんに会えるようになりました。姉さんありがとう。。とメールをした。 姉から、良かったね、手のかかる妹だ。と返信が届いた。休日は洋服を新調したり、織っては見直しながら、テーブルクロスも出来上がった、用意万端整えた。 智香は父母に聞かれて、答えるのも面倒だと当日まで、黙っていた。仙台まで二時間要す、早朝に身支度して家を出る。 「どうしたが、綺麗にして出かけるがか」 「うん、友達と待ち合わせしてるがね」 変化に驚いてる母を尻目に、智香は 「今日遅くなるかも知れないが、晩ご飯要らねがね」 智香は会津若松駅から電車に乗り、郡山で新幹線を乗り継いで仙台に出た。電車に乗る本当に久しぶり、高校生以来かなとも思う。 新幹線は空いていて、席は簡単に取れた。景色は車で見るのと違う、早く変わるのだ動画を見てる感じだ。駅ビルで化粧、衣装の再確認、勝負下着も身に付けてる。少し早めにレストランに着いた、見回しても芳則の姿は無い。 入り口の受付嬢に待ち合わせしてますのでと、脇に椅子に座ってると間もなく芳則が入って来た。 「予約していた、席に着いてたら良かったのに」 芳則は受付に言うと席に直ぐ案内された。 「小父さんの具合どうなの」 「うん、言葉が傍目では気付かないがも、私には、気懸かりだがね」 「そう、心配だね。確か来月定期検診だったよね」 すっかり父が重病人扱いにされた。芳則の心配する顔に、智香は負い目を感じた。 「予約変更しても良いよ」 「父さんは変化無いと言うがね。変更必要無いと思ってるがけど」 「今日は車で出来たの、電車」 「電車で、久しぶりに乗ったがね」 智香はもし、誘われたら泊まりも辞さないと帰りに新幹線は予約していなかった。 「高校生以来でも無いがも、前の記憶が無いがね」 「混まなかった」 「うん、割と空いてたが、景色も楽しめ、電車も偶には良いがね」 「事故の心配せずに済むからね」 「これ、気に入って貰えると良いがも」 「ありがとう、開けて良い」 「うん」 芳則は包みを開ける、色模様艶やかな、クロスを見て 「智ちゃん、織ったの」 芳則は出来映えに驚いた。 「凄いね、玄人はだしだ」 「祖母は着物まで織れたがも、私そこまでは出来ないがね」 智香は芳則に褒められ、赤面して言う。 「芳則さんは、このまま仙台に留まるの」 「判らない、研究もあるからね」 智香は聞くと不安になる。 「智ちゃんはどう考えてるの、会津に留まるつもり」 「私かね、都会には住めない気がするがってね」 「智ちゃんは、織物等しながら、会津の暮らしが一番似合いそうだね」 昼間とあって、互いにジュースでグラスを合わせて食事する。 「僕、呼び出しあるかも知れないので、遠出出来ないけど、近くを案内しようか」 「うん」 ふたり、食事を終え、バスで青葉城に登った。智香はこれ幸いと散策した時思い切り、身を寄せ、手を絡ませ、芳則の腕を胸の膨らみに当てる。芳則の腕が胸の鼓動の響きを跳ね返して来る。もう登る山道も石垣も正宗の銅像も芳則が説明してくれるが、頭の中を通るだけで、記憶されない。 「座ろうか」 「うん」 芳則に促されてベンチに座るも、智香は絡めた芳則の腕を放さない。 「青葉山に来たの久しぶりだよ、近くに居ても来る機会も無いから」 「私、来た記憶無いがね」 次第に陽も陰り、見物客に姿も何時の間にか消えている。変わって恋人同士なのだろうカップルが他のベンチに座ってるのが目に付く。智香は更に身を芳則に着けた。芳則が唇をつけてくれたらと願う。見れば抱き合ってる同士もいるのだ。願いは叶った、芳則の顔が目の前に、智香は目を閉じた。鼻が当たり唇が合った、智香は合わされた唇の奥で、歯が痙攣したように震えていた。嬉しいのだろう目から涙が自然に出ていた。一旦離れた唇今度は芳則の両手が智香を抱いて、再度合わされた。智香の思考は麻痺していた。でも身体は芳則に預け手は芳則を放さない。夢のような時間が過ぎていた。長いようでも、短い時間が過ぎている。 「帰る時間もあるよね」 「うん」 気の無い返事を返す、芳則が 「送って行くよ」 「うん」 自分に意志で立てない、芳則に縋るように下に降ると、見物客を待ってるタクシーに乗り仙台駅に、車に中では芳則に身を預けて、会津に帰るのを拒んでるように思えた。 芳則は会津までの乗車券を買ってくれて、ホームまで見送ってくれる。 「楽しかった。会えて良かったよ」 「うん、私もだね」 智香は細い声で答え、送られて乗車した。乗り込んでる客の姿も目に入らない、傲然とした意識で新幹線に乗り、危うく下車の郡山を過ごしそうになっていた。会津駅に着いて、ようやく意識が動き出した。駅から帰宅にタクシーに乗った時、何気無く見た携帯に芳則から、メールが届いてた。新幹線で鳴っていたのだろうが、全く意識が無い。 「又、会えるの楽しみにしてます」 笑みが溢れ、手が携帯を抱くように包んでいた。 京香は、颯風琳派の活け花の発表会写真集を作成に為、会場に出向いた。師匠の河津野心章が、弟子達の作品の確認、己の活け花に集中している。凛とした空気が漂い声をかけるのを躊躇い、気付いてくれるのを待ちながら見廻す。入り口の蘭、牡丹の豪華な花飾りと対象的に奥に師匠の百合が、色合い合わせて活けられている。簡素に見えても凛とした気迫を感じる。開場整備に、忙しなく動き回る人達の、邪魔にならないように隅で暫く立っている。 「あら、いらしたの」 「本日はよろしくお願いします。撮らせていただいてもよろしいでしょうか」 京香は丁寧に挨拶した。 「じゃ、頼むわね」 心章は、準備が残ってるのだろう、弟子に声をかけながら移動して行った。 美濃は竹井、山際に光の当て具合、銀板の向き等を厳しい口調で指示しながら、写真を連写のように撮って行く。京香も後に付いて補助をする。竹井は指示を受けながらも、美濃の動作を憶えようと、真剣な眼差しで指導を受けている。 大小、色合い形の違う花器に、芍薬、菖蒲蓮、蘭等が活けられており、芳しい香りが満ちている、百点程に写真撮りに数時間を要し終えた時には、会場もすっかり準備が整っていた。 「ありがとうございました」 京香は心章に礼を言う。 「出来上がり楽しみにしてるわ」 会場を後にして、緊張も解けて四人で遅い夕食を取った。 「美濃先生、今日は勉強になりました」 「あの手に写真は、光と角度ですっかり変わるからな」 神妙な竹井の態度に、鷹揚に美濃が応えてる。美濃は焼き上げたら連絡すると言うと出て行った。 京香は事務所に戻ると、龍雄に連絡した。 「何とか撮り終えたわ」 「その声ではかなり疲れたようだね。慰問に行こうか」 龍雄の大らかな声を聞くと安らぐ。 「事務所に着いたら連絡するよ」 竹井と山際は帰宅した、事務所で暫く待ってると携帯が鳴る。京香が降りると笑顔の龍雄が待っていた。車に乗り込むと 「気分転換にベイエリアでも行くか」 遠くでデェズニーランドの花火が見える。満たされたグラスを交わしながら 「不況でも、売れるもんだな。この前の商談成立しそうだよ」 「大賀さんの件」 「ああ、為替の利益も加算出来るし、好条件だな」 「貴男の遊び代も増えるのね」 「手厳しいね」 龍雄が笑う。この男には落胆とかは辞書に無いのだ。でもこの揚々としてるところに、堪らなく癒されてると京香は思う。 翌日、宣伝写真を撮りに巡回してる時に、智香からの電話を受けたのだ。 助言が好したようで、智香からの連絡は幸せを文字にしてあった。 |
|
作成者 |
|
---|
ひとこと数:0
ひとことを発言するには、作品をマークしてください。