華扇 5
焼き上がりの連絡を受け、写真を貰い、校正に、下作りに何度も美濃の助言を受け完成した。苦労したせいか河津野心章はその出来映えに満足してくれた。龍雄は
「お袋が、君を紹介して良かったと褒めてたよ」 「かなり神経使って、慎重に仕事したわ」 「君も頭角を現して来たと言う事だな」 「今になって、私の才能に気づく。遅くない」 「言ってくれるね」 龍雄の笑い声が耳を擽って聞こえる。仕事が軌道の乗った順調さもあって、来年はもうひとりスタッフを増やそうと思う。 智香は口紅を塗る度に、芳則の唇の感触が蘇って、頬を赤らめてる。声を聞いたいと思うが、会った時の感触で勤務に多忙なのだろうと我慢している。 今度会える時に渡そうとマフラー織ってるの、少しずつ出来てるわ。 メールを送る、芳則から 少しずつ寒くなってるけど、今は買わずに待ってるよ 返信に手も進む。 芳則さんのお部屋見てみたいわ。のメールに気を許してくれてるのか、手紙が届き、部屋の住所と鍵が入れたあった。 父の定期検診に、仙台に行く楽しみが増えて心も躍る。織る手を早めながら、日が来るのが楽しみであった。前日に智香は芳則の為に総菜を作った、母は感づいてるので何も言わない。今回も仙台泊まり、宿の予約も智香に任せてる、冬も間近く農作業も急ぐような事も無い。前回と同じように、早朝に智香が運転して仙台に向かう。総菜、果物、マフラーも忘れず積み込んだ。 病院でCT、血液、心電図等の検査機関に回されて、最後に芳則の診察を受ける。検査結果を眺め終えた、芳則が 「会話、活動に変化はありませんか」 母が父を制して答える。 「耳が遠いようだがね」 「そうですか、処方変えてみますか」 智香は包みを少し持ち上げた。芳則が頷いた気もしたが、冷静に芳則は診察していた。 薬を貰い、夕方近くに宿に入った。 「私、出かけるが、ふたりで食事したら良いがね」 「ああ、勝手にやるがね」 智香は包みを携え、芳則の部屋に合い鍵を差し込む時、後ろめたい思いが過ぎる。部屋に入ると、芳則が言ってたように、汗ばんだ臭いがする。窓を開放して、散らばってる洋服を畳み、座れる場所を確保し、飲みかけの流しに置かれた器を洗い、医学書に占領されていたテーブルを綺麗に拭いた。暫く椅子に座していると、芳則が来た。安全を確保に鍵はかけていた、施錠を外す音がして、消毒の臭いがして芳則が入って来た。 「綺麗になってる、ありがとう」 「うん」 智香は持ってきた包みを開けて、マフラーを渡し、総菜をテーブルに並べる。 「御馳走も持ってきてくれたの、感謝するな。会津の味だね」 智香は持って来て良かったと思う、食べ終えて芳則が紅茶を煎れて、椅子を智香に隣に動かし座ると、顔を近づけて来た。智香は目を閉じたと同時に唇が重なった。一度許したせいか歯は鳴らずに、智香の唇が吸い付いている。胸は高鳴り、智香は手を回し芳則に抱き付いていた。長く無言のふたりの時間が過ぎて、紅茶を飲む。 「勤務で宿まで、送れそうに無いよ。ご免ね」 「うん、良いがね」 芳則は後ろ髪を引かれる思いで立ち上がる 「明日も来て言いがかね」 「うん」 芳則は出て行った。智香は後始末を済まして宿に戻った。 翌朝も親子三人で朝食を済ますと智香は 「今日も友達に洋服見立て欲しいと言われたがって、出かけるがね。お父さん、お母さん、夜までに帰宅すれば良いがしね、出かけるが、五時に駅裏の駐車場で待ってるがね」 「うだな、父さんと松島でもでも行ってるがね」 「じゃね、時間守るがね」 智香は草々に出て、芳則の元に途中の食料品店で、軽い昼食を買い求めた 案の定芳則は居ない、ベッドの上に急いで出たのだろう、パジャマが脱ぎ捨てられていた。智香は流しの食器を洗い、テーブルを整える、昨日整理したせいで、簡単に終わってのんびりと窓の外を眺めてる、海が近いのか海鳥の群れが飛んでいる。 芳則は昼を回って帰宅して来た。窓際のソファーに並んで、持ち込んだ昼食を食べる、芳則の向ける笑顔が眩しく、智香は伏し目がちになっていた。智香は待っていた、芳則が唇を重ねて来た。智香は三度目、合わせ方も上手くなっている、芳則が舌を智香に口に入れて来る、智香は開け受け入れる。芳則の舌が歯の裏を嘗めてる、智香は陶酔を感じていた。芳則の回した右手が、智香の胸に触れてくる、智香は芳則に手に身体を合わせていた 恐る恐るその手が、智香のブラウスにボタンを外す、手は更にブラジャーのホックを外し、手が直接智香の乳房を捜すように当てられて、乳房はその手に包まれた。智香の思考は止まって、陶酔の中に身を任せていた。 長い抱擁だったが、芳則がそれ以上智香を求める事は無かった。剥き出しだろう乳房は芳則の手に捕まれている。乳房が感動に応えてるのか、膨らんでる気もする。芳則の舌は智香の口の中で生を持ってるように動き回っている。 智香は身体を芳則に預け、抱き付いてる。 芳則が動いた時にテーブルの食器が音を立てた、芳則は唇を離す、当てがわれた手が傾いた食器を直す、智香は急に恥ずかしさを感じてブラウスを閉めていた。 「智ちゃん、僕幸せだよ。智ちゃんは」 「うん」 芳則の笑顔を伏し目で受け、応えた。恥ずかしさで言葉のか細い声となる。芳則は軽く再度唇を付けると勤務に帰って行った。残されて、暫く身体の火照りを冷やし、勝負下着を整え部屋を出た。待ち合わせの時間に間に合った、父の運転する車が止まっている、智香は運転を代わって、会津に向かって走って行く。母が 「松島、紅葉良かったが、風冷たかったがね」 「冬、もう其処まで来てるがね」 智香は何か後ろめたいものを感じて、普段の言葉が出ない。会話が少ないままで帰宅した。芳則から、正月には、必ず帰宅して挨拶に行く。とメールが届いていた。 十二月に入り時折、積もらないまでも、雪の舞う季節が来た。年末賞与も出て懐は暖かいと何か気分も高揚する。仕事は書き入れ時で忙しい、大倉係長と予定表を確認しながら巡回を消化する。お店も同じように多忙なので、交わす冗談も何か急ぎ口調となる。 智香は芳則にクリマスプレゼントに革手袋を買って送った。芳則からプリントのスカーフが届いた。今年新調したコートに合わせて身につける、暖かい。芳則が傍に居る感じもする。 三十日に会社での、暮れの挨拶をして、今年も残り間近だと思う。母はお節料理作りに忙しない、帰宅して煮物作りの手伝いをしていると、姉が帰って来た。 「ただいま、はいお母さん」 例年買って来てくれてる、父への酒のつまみの佃煮である。 「お帰り、寒かったがかね」 暮れの神棚、仏壇を清めていた、父も出て来た。 「帰って来たがか」 「ただいま、お父さん具合どう」 「変わり無えが。お前仕事どうだがや」 「うん、変わりない順調。ありがとうね、お祝い沢山頂戴して、感謝してます」 「上がって、休め」 京香は二階に上がり、着替えて降りて来た。 「正月、此処でお節食べると落ち着くわ。何か手伝うわ」 エプロンかけの支度で姉は、母と智香の居る土間に来た。 料理は全んど母が作る、京香は野菜を洗い智香の所に来て、一緒に刻んで言う。 「芳則さんと、上手くいってるの」 「うだ、優しいがってね」 「母さんに話したの」 「まだだ、芳則さんが正月来る言うがってね」 「そうなんだ、良かったね」 「うんだね」 「嬉しそうな顔、見れないわ」 「姉さんだって、居るがってね」 「まあね、美人だもの」 ふたりは顔を見合わせて笑う。 押し迫って、年賀の支度を整え、除夜の鐘に合わせて、四人揃い、氏神さまにお参りに行く。近郷の人しか来ないので、会う人は皆知り合いである。疎らな人達に混じって、新年の挨拶を交わしながら、参詣する。 智香は例年の家内安全に追加、芳則との交際成就を願う。例年の倍の二千円を賽銭箱に入れた。少し休養してから、揃ってお節を頂くので、ふたりは両親を残して二階に上がる 「姉さんの好きな人、どんなひとだがね」 「素敵なひと、少なくても芳則君より素敵だわ。東京に来たら会わせてやるわ」 「そんげ事無いが、芳則さん学生の時から優秀だったし、お医者さんだがね」 「お医者さんは全国沢山居るわよ。全部が優秀じゃ無いでしょう」 「うでも」 「惚れてるな、恋狂いの妹」 智香が頬を赤く染めた。 「どんなに素敵でも、女はひとりしか選べないの、心配しない事ね」 「そうだね」 智香は家族揃って、新年のお節を戴く、芳則が来ると約束してくれていたので、落ち着かない。外の気配が堪えず気懸かりである。 でも待ち人は元旦には来なかった。 二日になり、同じように祝いの膳を食してる時、突然外で車の止まる音がして、芳則は顔を出した。 「小父さん、小母さん、明けましておめでとうございます」 「芳則さんか何したが、まあ、上がれや」 「ありがとうございます、小父さん具合どうですか」 「世話かけたが、変わりないがね」 挨拶をすると、芳則は佇まいを正して 「智ちゃんと真剣にお付き合いしてます。 よろしくお願いします」 父も母も薄々感づいていたので 「そだがか」 「気のつかない娘だが、よろしく頼むがね」 と返事した。 「飲めるがか」 父は返答に困惑して、芳則に酒を勧めた。 「勤務に戻らなければいけないので、お酒は遠慮しておきます」 智香は、ジュースをコップに注いで差し出した。緊張で喉が渇いていた芳則は少し口をつけて飲んでいた。智香は赤面して、俯き父の言葉を待つ。 「医者も大変だ、正月も仕事だがって」 「ええ、患者は休み無し、次々診療して、知識、技術の習得が必要です」 「大変だがね」 了解して貰えた父母の態度に、芳則は智香に目をやって安堵の顔をした。 「小父さん、体調良いからと言って無理しないでください。正月の過飲で駆け込む人も多いから」 「お酒、控えさせてるがね」 暫く雑談をして、芳則は帰宅して行った。 京香が智香を指で突いた 「父さん、入院がふたりの縁結びになった訳だし、仕方無いよね。原因は自分にあるのだしね」 「京はうるさい」 父は困惑を怒りで示した。 「私、四日から仕事、帰京するわ」 京香は二階に上がり、支度を整えて出発する。 「智、貴女が原因、父さんの怒り沈めるのね」 送りに玄関に出た、母と智香に 「じゃ、又来るわ」 と出て行ったと思ったら、踵を返して、智香にプレザントと包みを隠すように渡した。 「芳則君と仲良くね」 京香が出て行った後で、そっと包みを開けると経口避妊薬ピルが入っていた。 「お姉ちゃん、もう嫌だが」 智香は戸惑い、軽く声を出す。 「京香が帰ったがか、智香もその内出て行ってしまうがか」 父は寂しそうに母に向かって言った。 「娘だがね、仕方無えがね」 智香は返す言葉を見つけれず、黙ってしまった。 「智香、京香何土産だったがね」 母の問いに言葉を濁して応えた。 「ん、何でも無いがね」 京香は新幹線のデッキで龍雄に電話した。 「今日帰る、来ない。会津の土産もあるしね」 「そう、行こうかな」 「じゃ、待ってるわ」 京香は智香と芳則に刺激され、早めて帰京したのだ。会津から持って来た、こづゆと桜鍋を用意して、龍雄の来るのを待つ。ドアが開いて 「新年、おめでとう」 「おめでとう」 「お、桜鍋、美味しそうだな。そうそう、この前の作品集、お袋が最高と褒めてたぜ」 「ありがとう、苦労したかいがあったわ」 こづゆ、桜鍋を食べ、龍雄の持って来た酒を飲み、ふたりは自然にベッドに入っていた 龍雄は、京香の乳首を指でさすりながら、言った 「寂しかったか」 「龍雄、放っとくと何するか判らないから帰宅したのよ」 「新年早々、プレーボーイそれは無いぜ」 「ふ、ふ、だって図星でしょう」 「焼き餅で年明け、今年は辛そうだ」 そんな言葉を言いながらも、龍雄の手は京香の身体を這い下に伸びて来る。秘部に指が触れると身が曲ねる。唇は龍雄の唇に占められて舌が口の中に、京香の舌が応えて捜し会う、身は陶酔し熱くなって行く。容赦無い指が身体を攻める、陶酔は快感に変わって、京香の身は龍雄を放さない。身体を乗せられて京香の背は湾曲する。身体は快感の渦の中にいる。龍雄の髭が、柔らかい京香の身体を刺激すると、更に快感が走り、息遣いも荒くなる。手が、ふくよかな京香の乳房を掴んで、捏ね回す、快感は絶頂に向かって行く。京香は、龍雄以外の男を知らない身体である、龍雄のなす儘に身体が応えて動い行くのだ。 快感の余韻の残る身体を龍雄に寄せてる。 「お袋から結婚しなのかと聞かれた」 「何て答えたの」 「京香に聞かないと」 龍雄は言う。 「どうする」 「私、事業始めたばかりだしね。龍雄はどうなの」 「京香次第だな」 「じゃ、未だ先ね。軌道に乗るまで出来そうに無いわ」 「そうか、この関係で行くか」 「貴男はその方が、良いわよね。他の誘いも出来るから」 「俺、そんなに遊び人じゃ無いけどな。仕事も真面目にこなしてるしぜ」 「比較出来る訳で無いわ、自分では気付かないわよね」 「じゃ、結婚しょうぜ。直ぐに孕ませて仕事中断させるから」 「それが困るのよね」 「ほら、自分の都合じゃ無いか」 京香は中絶した事を龍雄に話したら、どんな顔するのだろうと思った。 「誰でも、自分に甘いのさ」 龍雄は勝ち誇ったように言い返す。 「ね、ところでこれから、志賀高原にスノボーに行かないか。親父達がホテルで正月過ごしてるんだ。それに友達も行ってるしさ」 「道理で、私の誘いに直ぐ来てくれた訳なのね。変だと思ったわ」 「そう言う言い方無いんじゃないの。俺、京香をひとりで待ってたと言うのに」 「そうね。仕事始めは五日だし。お母様にお礼も言わないといけないわね」 そうなのだ、京香は四日仕事始めと帰京したが、四日は日曜日なのだ。 翌朝、京香は支度を整え、龍雄の車で出かけた。 「お酒残ってない。正月草々飲酒運転で違反保護は困るわよ」 「大丈夫、お酒セーブしてたから。ね、何とも無いだろ」 龍雄は京香に運転しながら、軽く口付けをした。 「何と言う試し方するの。危ないじゃ無いの」 「だって、これが一番判る方法さ」 「そうやって、親しくしてるんだわね」 「焼き餅焼かれて、下僕となって運転、厳つい年明けだな」 車はホテルに着く。冬のスポーツを楽しむ若者でロビーは混み合っている。龍雄の両親は部屋でくつろいでいた。 龍雄と京香は部屋に入る。 「よう、来ましたよ」 京香は丁寧に座り、新年の挨拶をする。 「明けまして、おめでとうございます」 「おめでとう」 「おめでとうございます」 龍雄の父は鷹揚に応えた。 「お母様、昨年はお仕事ありがとうございました。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」 「そんな事は良いのよ。返って急に頼んで迷惑じゃ無かったかしら」 「とんでもありません。大変勉強になりました、感謝して居ります」 「そう言っていただけるとありがたいわ。河津野先生も、出来映えに満足しておられたわ、礼は私が言わないとね」 「本当にありがとうございました」 「挨拶してないで、行こうよ。待たせてるんだぜ」 京香の挨拶に痺れを切らして、龍雄が急かして言う。 「挨拶は、夕食の時にゆっくりすれば良いさ」 「行ってらっしゃい」 「退屈してたし、今夜は楽しみだ」 京香は龍雄に急かされ、着替えしてゲレンデに出る。並んでリフトで登ると、龍雄の友人男女が待っていた。何度か顔も会わせており知り合いである。 「よ、おめでとう」 「おめでとう、銀世界スカットするな」 待ちかねた友人の滑りに続いて、龍雄も京香も滑り降りて行く。 何度か滑り、発汗、少し疲労を感じて、京香は途中の脇に腰を下ろした。 「もう、止めたのか」 「少し、休むわ」 京香の座りに友人の女性も座って来た、龍雄達は置いて滑って降りて行く。 「東山さん、お仕事多忙のようね」 「ええ、始めるまで知らなかった事もあって、戸惑って事が多いの」 「でも、凄い。これからは女性の自立、社会進出が無いと日本は持たないわ」 「佐智、判ったような事言って」 「だってそうでしょう、高齢社会になってるのよ」 「年金、医療と騒いでるしね」 龍雄の友人は皆恵まれてる家庭の子息、子女が多い。本当に実感して言ってるのかと、京香は疑うが、反発はしない。言っても環境が違う理解不可能なのだ。 「羨ましいな、私も何か始めようかな」 「美津は駄目、無理無理、止めた方が無難だわ」 「そうかしら」 「挑戦する姿勢は褒めるけど、苦しむだけだわね」 顔を見合わせ笑って居ると、再度登り、降りて来た龍雄達が寄って来た。 龍雄の両親の部屋で夕食を一緒に戴く。食堂はスキー客で、落ち着いて会話が出来ない状態なのだ。 京香は改めて新年の挨拶をする。 「明けまして、おめでとうございます」 「おめでとう。仕事は順調かね」 「はい、龍雄さん他のお力添えも戴いて居り、何とか頑張ってます」 「龍雄じゃ、頼りにならんだろう。困ったら何時でも相談しなさい」 「お父さんそれは無いだろう。息子を目の前で」 「ありがとうございます」 「でも、本当だろうが」 「挨拶もそのくらいにして、せっかくの料理が冷めますわ。戴きましょう 四人は、グラスに満たされたビールのグラスを上げる。 「新年、おめでとう」 「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」 「こちらこそ、龍雄をよろしく頼むわね」 「お袋まで、俺を子供扱いかよ」 「仕方無かろう。今の状態ではな」 「京香さんにびしびし鍛えて貰う事ね」 「親父もお袋も、俺の仕事振りをつぶさに見て、正当に評価して無いから言うのさ」 「正月草々、親子で言い合うのはよしましょう、せっかく京香さんが来らしてるのにね」 「そうだな、楽しくやろう」 「会津はどうでした。お帰りになったのでしょう」 「はい」 「ご両親はご健在」 「はい、息災無く暮らして居ります」 京香は父に入院は話していない。 「龍雄、一度会津に出向いたらどうなの」 「うん、行こうとは思ってるけど」 「でも、両親を驚かすだけですから」 「京香さんと相談する事だわね、龍雄」 「うん、でもな」 「いずれは行くようにしないとね」 「それは思ってるさ」 京香は五日、山際、竹井と仕事始めの、挨拶を交わし連れだって、得意先の挨拶回りに出た。最初に、一番世話、支援応援してくれてる、高須事務所に伺う。 「明けました、おめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします」 「おめでとう、今年も頑張ろう。俺、挨拶回りあるから、失礼する。ゆっくり出来ない ご免」 俊介は、忙しない挨拶をすると出て行った 「本年もよろしくお願いします」 京香は知り合いの事務所の職員に挨拶すると、次の得意先に向かう。何処も同じようで担当者が居ても、長く話せる状況では無い、又不在である。それでも名刺を渡し、来た事だけは伝えて回る。これは初めて知る事では無い、高須事務所で働いていた時も、同じであり違和感は無い。松の内は挨拶回りを終えて、昨年受注した仕事をする。 智香も同じである。大倉係長と得意先を回る。何処も年明け新春売り出しで、忙しないのだ。 「本格的に仕事するのは、暫く後になるだな」 「そげですがね」 智香は帰宅すると 「再来週の休日に仙台に行っても良いがかね」 父は当惑してるのか、何も言わない。母が父に催促して言った。 「智が仙台に行く、言ってるがね」 「うだな、遅くならんようにするが」 父は同意とも反対とも取れる返事をした。 出かける当日は、空は曇り、雪もちらついていた。智香は長靴を履いて出かけた。 仙台も雪が舞い、所々白く化粧されて、風も冷たい。部屋に入る、留守で冷たい、コートを脱いで、ストーブのスイッチを入れる。 今日来る事はメールで知らせてある。返事も受けてる。勤務の合間を見て来てくれると持ち込んだ鍋料理に支度をする。部屋も暖まって来た。部屋の整理を済まし、料理も用意出来たが、芳則は帰宅しない。智香は机に置かれた医学書を開けたが、専門書で全く理解出来ない。それでもぺージをめくり眺める。急患でもあって、来れなくなったのだろうか来る時の高揚が不安に変わる。午後も三時を回った、その時ドアが開く音がして、白く息を吐いて芳則は来た。 「暖かい、誰かが居ると違うな」 「帰って来たがかね」 「うん、長居出来そうに無い」 「忙しいが、仕方無いがね」 智香は鍋に火を入れると食べれる支度をした。何度か暖めていたので、直ぐに湧いている。テーブルに置く。 「美味しそうだな。それに暖まる」 芳則は智香の取り合わせた、料理を口にする。 「菊治小父さん何か言ってた」 「何の言って無いがね」 「でも此処に来る事は知ってるのだろう」 「うだね」 智香は恋人が部屋に入るなり、熱い抱擁、 映画にシーンを夢見ていたので、不満であった。芳則は箸を止めると 「智ちゃん、好きだよ」 芳則は隣の智香に腕を回すと軽く、唇を付けた。目を閉じ受ける。嬉しさで顔が綻んでいるのを感じた。でもそれだけだった。 「小父さんどう思ってるかな」 「何がね」 「僕達ふたりの事さ」 「何も言わねが、判らないがね」 「喜んでくれてると良いのだがな」 「うだね」 支度した鍋料理は大半残っていた。智香は病院でも食べてる訳だし、次回は少なくしようと思った。 「勤務に戻らないと、ご免ね」 芳則の立ち上がりに合わせて、立った智香に唇が重なった。さっきより長い接吻、手も胸に触れていたが、女か確認する程度で中には入って来ない。芳則は慌ただしく出て行った。 智香は姉の貰ったピルも持参したのにと心残り、でも両親に後ろめたい思いもせずに帰宅出来ると、安堵感もあった。 会津若松駅に着くと雪が降り続いていたのだろう、道路は白くなっていた。 「ただいま」 「帰ったが、智香が帰ったがね」 母は父に智香の帰宅を知らせる。父は 「うだか、車にチェーン付けといたが」 「ありがとね」 「仙台寒かったが、食事済ましたがかね」 「うん」 智香は朝から何も食べていなかったが、空腹感は無かった。 二月に入って、智香は又、石井課長に呼ばれた。今度は三月末に東京で予定されてる、物産展に出張して欲しいと言う。今度は県の主催だと言う。今回は一人である、県からの要請に市から打診、会社が受けたのだ。最近は企業誘致が思うに任せず、県では地元振興に力を注いでるのだと言う。 智香は姉に電話した。 「姉さん、東京で物産展があるが、そっちに行く事になったがね」 「そう何時来るの」 「三月二十日から、一週間だがね」 「それなら、会えるね。来たら又電話してくれない、都合つけるからね」 「うだね」 智香は県商工観光課からの、予定表を渡され石井課長から渡されて、指定された十五日に県庁の会議室に出向いた。 今回は県の物産展とあって、漆器、酒、醤油、米、牛肉、野菜、乾物等で県内各所から二十数カ所が厳選されていた。県ではキャンペンガールを三名抱えているが、それでは足りないと智香を指名したのだ。雑誌に掲載された事が原因のようだ。直接会社の営業とは関係無いので、気楽の出来そうだと智香は安堵していた。 会議室では、責任者の県商工観光課の山村課長が、開催の主旨を説明した。 続いて担当の木田係長が、配布された資料に添い、手筈を説明する。 キャンペンガールは、佐村理香、内山みどり、川田静子に智香である。集まった全員の前で紹介された。智香は会社の業務内容もあり、酒、味噌、醤油のコーナーの試食案内をする事になり、その出品者と打ち合わせをする。お互いに挨拶を交わす、智香には初対面の人である。名前を聞いたが、忘れてしまいそう、でも資料に書き込まれてる。搬入等は銘々出品者が、県の期木田係長の指示で行う智香を含む四名は、前日会場に入り、打ち合わせ、案内をするので、一緒の新幹線で向かう、切符等の手配もしてくれると言う。 智香は芳則の部屋で帰って来るのを待つ、すっかり外は雪化粧に変わっている。 父の定期検診は、降雪もあって、芳則は四月にしてくれている。芳則が帰って来た、玄関でコートに着いた雪を払う音がして、智香は玄関に 「帰ったがかね」 「ただいま」 芳則の優しく笑う顔に、笑顔で応える。 「来月末に東京に行くがね」 「メール見た。地理判るの」 「判らねが、四人で行くがね。判るっしょ」 「東京初めて」 「修学旅行で行っただけだったがね」 「マップあるけど、説明しても判らないよね」 芳則は机の脇の本棚から、地図を取って開いて説明してくれる。 「大丈夫かな。持って行く」 「うだね」 智香は芳則に渡された地図を、バッグに仕舞う。立って戻った時に、芳則に身体を着けるように座る。 芳則の暖かい心が、伝わって来るように思えて、智香は嬉しい。芳則の肩に顔を乗せ、甘えてる。芳則に肩を抱かれて、至福の時間が流れていた。 木田係長、キャンペンガールと福島駅で待ち合わせて、新幹線で東京に向かう。木田係長が用意した、弁当とお茶を配ってくれる。 「東山さん、初めてだよね」 「うだ。でもな、この前仙台で市の物産展手伝ったがね」 「うだば、だいたい要領判ってるだね。来店者に試飲、試食するだけだがね」 木田係長は、何度か経験してるようで、物産展の話はしない。智香は木田係長に 「姉が東京で働いてるが、出かけて泊まって来ても良いがかね」 「始業時間まで、戻るなら良いがね」 木田係長は軽く許してくれた。智香は念の為、鞄から資料を出して確認する。 キャンペンガールは智香より若い、携帯を取り出しゲームに興じたり、芸能事等を話題にして盛り上がった会話をしてる。木田係長も合わせている。智香は知らない訳では無いが興味も薄く、何か重い感じがしていた。 東京駅に着く。人の多いのに驚く、会津若松駅の比では無い。人混みを縫うように、又木田係長と見失わないように、付いて行く。 乗り換えて、宿に着いただけで、疲労を感じていた。次回要望されたら断ろうと決めた自分に合わな過ぎるのだ。 木田係長とキャンペンガールは、都会の喧噪華やかさに酔ってるが、自分にはとても堪えられそうに無い。幸い今回は応援で、会社の業績等とは全く関係無い。姉に会える事だけが楽しみとなった。宿は女性が二名ずつ、木田が個室である。佐村理香と智香は同室となった。五人で食堂で夕食を取り、明日の時間を再確認して、智香は疲れたので、先に部屋で休むと言い、別れた。残った四人は会話が弾んでるようで、佐村は中々戻って来なかった。 智香は携帯を取り出し、姉に電話する。 「お姉ちゃん、着いたがね」 「智香、着いたの」 智香は姉と二十一日に会う約束をする、京香が会場まで迎えて来てくれると言う。 そんな気持ちでやる仕事、仙台の時のように気乗りしない。笑顔で接待するも、気持ちが高揚してこないのだ。 姉は約束の日、閉店前に会場に来た。姿が見えて、目が合う。近づいて姉は智香の肩を叩いて 「やってるね」 「うだ、頑張ってるがね」 「じゃ、後でね」 声を交わすと、来訪者に混ざって、何か産物を買っていた。閉店後、会場の前で姉は待っていた。智香は 「姉と出かけるが、失礼するがね」 一緒に出た四人と別れた。姉は他の人に軽く会釈する。 姉はタクシーを止める、智香と乗り込み、行く先のホテルを告げる。最上階にあるレストランに入る。概に予約してあるようで、席に直ぐ案内された。豪華に内装、照明され、飾られた席、会津若松、仙台には見られない煌びやかである。応対するボーイに姉はワインを注文し、運ばれ注がれたグラスを互いに持って、飲む。 「乾杯しよう」 「豪華だが、身が竦むがね」 「此処で今日泊まるつもりで、予約してあるのよ」 「お姉ちゃん、こんげ所に良く来るがかね」 「智香が来たから、奮発したのよ。開業祝いも戴いてるからね」 京香はどれ程整理しても、女同士の感、男性が部屋に来てる事は判ると、ホテル泊まりを決めていた。 「智香が来るとは、思ってもいなかったから驚いたわ」 「急に決まったがってね」 「東京駅から宿まで良く判ったわね」 「さっきの人と一緒だったがね」 「東京の印象どう」 「人が多いがって、姉さん良く住んでられるが、私にはとても住めねがね」 「住めば都よ、便利よ。何でもあるから買い物も便利だわよ」 「うだもな。私には無理だがね」 運ばれて来る料理を食べながら、智香は住む事は出来ないと思った。 「居る間に又食事しよう、会わせた人いるからね」 京香は龍雄に妹が上京する事を告げた時、龍雄が会って見たいと言う。いずれは知れると会わせる事にしていた。 「でも、父さんと母さんには内緒にしておいてね」 「うん」 空いたグラスにボーイが来て、ワインを注いでくれる。 「お姉ちゃん、怖いとか思わねがか、こんげ摩天楼みたいに、高い建物に囲まれてるがね」 智香は窓の外に見える夜景をみて言った。 「そうかな、私は挑戦する、闘争心が湧いて来るけどね」 「やっぱ、お姉ちゃんは私とは違うがね」 智香と京香は食事を済ませて、宿泊する部屋に入る、綺麗に整え飾られ、照明も暖かい光で照らされているが、智香には温もりが感じられない。都会の生活の経験の無い智香には、追われるような忙しさに、安らぎを感じれ無い。 京香は慣れた仕草で、紅茶をベッドの脇の置かれたテーブルに供すると、椅子に腰掛けた、智香も向かいに座る。 「唖然とした顔してるわよ」 「そいがって、驚いてるが。私の泊まってる宿と違うがね」 「都心は全部こんな感じだと思うけど」 京香は平然と言う。 智香はベッドに入る、柔らかく優しく包まれてる感じはするが、馴染めない。身体は疲労してるのに、緊張してる感覚がする。翌日姉はホテルからタクシーで智香を会場前で降ろすと、じゃ明後日又此処で、と言って行ってしまった。 物産展は好評で、来訪者も多かった。智香は来る人に、試飲、試食を笑顔で勧める。味を確認して、購入してくれてもいる。状況確認に木田係長も忙しなく動き、盛んに声をかけて回っている。閉店をした後で木田係長、キャンペンガールの三人に、帰りにショッピング、食事を一緒にと誘われたが、初めての経験で疲労してると断り、ひとりで宿に戻った。誰も居ない部屋で寂しくもあったが、気疲れを癒す事が出来た。結局帰郷するまで、姉と買い物をしたが、皆とは宿と会場以外に行く事は無かった。 再度姉と会った時 「智香、バッグ、洋服欲しい物あったら、買ってあげるわよ。寄って行こうか」 「うだな」 姉と一緒にお店を回る、プラダ、セリーヌルイビトン、グッチ等高級店を回り、姉は母にバッグ、智香に洋服とバッグ、父にジャケットを買ってくれた。かなりの出費で智香は申し訳無く思う。 「お姉ちゃん、お金使わせてしもうたが」 「こんな機会滅多に無いし、良かった。お祝いのお返しも出来たわ」 この前とは、別のホテルレストランに着くと、精悍な青年が待っていた。 「遅かったね」 「ええ、買い物してたの。両親へのお土産もあったのね」 京香は親しそうに笑顔で応える。 「こちら、篠田龍雄さん、妹の智香」 「よろしく」 「初めまして、妹の智香です」 三人は案内係の男性に導かれて席に着く。 龍雄は名刺を渡して、改めて篠田龍雄ですよろしくと挨拶した。智香は北方産業、営業係の名刺と今回作成した、県商工観光課の名刺、どちらを出そうかと迷ったが、会社の名刺を渡し、妹ですと言った。 龍雄の陽焼けた顔、冒険的にキラキラとして活き活きとした眼、姉が好む人柄だと感じた。智香は渡された名刺の肩書きを見て 「副社長さんですがかね」 「ええ」 「彼の父が社長さんなだけなの」 「手厳しいけど、事実です」 龍雄は、笑いながら素直に言う。智香は、こだわりを持たずに接する態度に好感を感じた。龍雄が頼んだシャンペンが運ばれ、グラスに注がれる。三人はグラスを合わせて乾杯をする。 「東京は何度か来らしたのですか」 「修学旅行で来たがも、初めてみたいなものだがね」 「印象がどうですか」 「木も山も無いがって、怖い感じするがね」 「公園もあるけど、高い建物に隠れて見えないからね」 「日比谷とか、代々木、新宿御苑とか大きい公園あるのよ」 「僕は、鎌倉に住んでるから、海も間近に見える。この界隈とは違って、郊外に出ると景色も一変するのだけどね」 「うだかね」 「この近くでも、散策すると案外と緑も多いのよ」 「だもな、人も多いがって、息詰まりそうだがね」 龍雄は物怖じせず、朗らかに応対してくれる。智香は、頼もしさと包容力を感じ、芳則と違う魅力を感じた。このような兄がいたら良いなと思う。 「京香に聞いたけど、お父様の具合はどうですか」 「うだな、元気にしてるがね」 「それは何よりだね。何時まで居るんだっけ」 「明後日帰るがね」 「残念だな、時間があれば、色々と案内出来たのに」 「だもな、迷惑かけるだがね」 「そんな事無いよ。君のように可愛い娘と出歩けたら楽しいよ」 姉が龍雄を指で突いてるのが見えた。智香は、姉と龍雄がかなり親しくしてると感じていた。 「僕にも妹がいるんだ、君とは感じ違うけど」 「うだかね」 「ロンドンに留学してるのよ」 「留学だがって、凄いだね」 「向こう見ずでじゃじゃ馬なだけさ」 「誰かさんも同じようだけど」 「は、は、似てるか」 智香は龍雄が、ゆったりと笑顔を向けて話しかけてくれるので、緊張も解けている。 食事を終えて、龍雄は今度又ゆっくり話したいね。と言い帰って行った。 部屋に入って、智香は姉に言う。 「素敵な人だね」 「でしょう、芳則君よりも」 「タイプ違うがって、比べられないがね」 「負けおしみ言って、素直に認めなさい」 「そんげ事言ってねがね」 姉は自慢出来たと笑う、智香は姉の笑顔を見て、頼れる姉が居て本当に良かったとしみじみ思っていた。 木田係長とキャンペンガールが都会で買い求めた品々を出し合い、自慢し騒いでる。 その隣で、智香は今回の仕事は骨が折れたでも、姉と龍雄に会えた事で満足していた。 それにしても、振り返るとこの一年は目まぐるしく色々な事があった。このように過ごす年は、もう来る事は無いだろうと思っていた。 新幹線が郡山に近づくに従い、窓から見える景色に残雪に覆われた山、家が見える。 |
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関雅行さん[1199] | 2012-07-07 15:58:33 |
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久々に青春ドラマを堪能させていただいてます。