第48回 シーズー犬「シシ丸」 いつもキミが、そばにいた
「これじゃ、全然、効いてないよ。もう一個、使おう」
娘が再挑戦する。今度はうまく入ったはずなのに、一時間ほど経ってもシシはまだ苦しそうだ。体が相変わらず波打っていて、発作の最初のころの症状とさほど変わったようにも思えない。 「もう一回、ニトロを入れようか」 「続けざまに、そんなに使っていいの?」 娘に問われても、私には見当がつかなかった。どうしよう……。確かに続けざまはよくないかも知れない。とりあえずシシに「気」を入れよう、そうするしかないと思って、シシの胸をやさしく、そっとはさみ続けた。少し落ち着いたようにも見えたが、九時過ぎにはまた大きな発作を起こし、三個目のニトロを使った。今日のシシは、いつもとまったく違う。いやな予感がした。明日は元日。新年の挨拶のために、実家に帰ることになっている。この状態では無理だ。私は実家に電話をして、帰れない旨を伝えた。 ママは、尋常ではないこの日のシシを見るに耐えないと、とおの昔に二階に上がってしまい、下の部屋に下りてくる気配はない。私と娘は、徹夜の看病を覚悟した。小さな発作は間断なく続いたが、びっくりするような発作は収まりつつあるように見えた。ずーっと見つめ続けているとさすがに疲れ、時々、二階に行っては酒をチビリとやってチラッとテレビを見たりもした。テレビで見る世の中は、来る年に向かって華やいでいた。 娘はといえば、そんな私をたしなめるわけでもなく、シシに頬ずりしながら「苦しいだろうけど頑張ってね、シシ君」と励まし続けていた。かがみ込んだその後ろ姿からは、シシの回復を心底祈る気持ちがにじみ出ていた。 (いい娘だ。シシ君、みんなでキミを応援してるんだぞ。キミはひとりじゃない。キミの元気な姿を見たくて、みんなが必死になってるのがわかるかい?) 時計の針が十二時を回り、元日を迎えた。ここで四度目の大きな発作が、シシに襲いかかった。四個目のニトロを使う。荒い息遣いは、すぐには収まらない。苦しくて身の置き場がないシシが、じっとしていられなくて動こうとする。 「パパ、ニトロはあと三粒しか残ってないよ。獣医さんは一月四日までお休みだから、なくなったらヤバイんじゃない?」 (あと三粒か……、これで効いてくれ、頼む)と、ただただ祈るしかなかった。夕べからのシシを見ていると、苦しみの頂点が連続していたのだろう、決して横になることがなかった。というよりも、苦しすぎて横になれない感じだった。足を踏ん張って立ち続けているか、逆に座っていることしかできない状態だった。そんなシシだったのに、奇跡は起きた。ほんとうに奇跡としか言いようがない。明け方近くになると横たわれるようになり、息遣いも徐々にではあるが落ち着いてきた。目を閉じて静かな呼吸を続けるシシの容態の好転を見届けると、ホッとしてウトウトしていた娘と私は、知らず知らずのうちに睡魔に襲われ、深い眠りに落ちていた。 ![]() 元日以降のシシは、信じられないほどの回復ぶりを見せた。大晦日から元日にかけてのシシの苦境を見ていた私は、正直言って、もうあきらめるしかないと思っていたから、この回復ぶりには目を見張るものがあった。だから私たち家族は三人が三人とも、この状況が何なのか、にわかには信じられなかった。元気を取り戻したシシは、これまでどおり私の布団の上をピョンピョン跳ね回っては、ゲーゲーッを繰り返す。ほれ見たことかと思いつつ、静かにね、静かに、と、何度も言い聞かせる羽目になった。でも、こんな羽目ならいつでも歓迎、これ以上うれしいことはない。 |
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