第49回 シーズー犬「シシ丸」 いつもキミが、そばにいた
「オシッコをする時に足を支えてあげないとできないって言ってたけど、それって爪が伸び過ぎていたせいもあるよ」
部屋を跳ね回るシシの動作がおかしいのでよく見ると、ずっとカットに出していなかったから爪が伸び放題になり、内側にカールして巻き込んでいた。これじゃ、歩きにくいのは当然だ。私に言われた娘が、友だちからハサミを借りてくることを約束してくれた。 あの日から、ちょうど一週間が経過した一月七日、シシはほんとうに元気だった。だから、悪い夢でも見ていたんじゃないかと思ってしまうほど、今日のこの日のことがウソであったとしか思えない。忘れもしない日曜日で、「インドア・コートのタダ券が手に入ったから、一緒にやらないか」とテニス仲間から誘われ、私はひとつ返事でオーケーした。二時間ほどプレーを楽しんでから、新年の初顔合わせということもあって、新年会をやろうということになった。こういう提案に異議を唱えるようなメンバーは、ひとりもいない。すぐさま店を探して「本年もよろしく」の音頭で始まった会は、酒の勢いもあっていつ果てるともなく盛り上がっていった。年末年始の休みに入っていたこともあり、仲間は一週間前にシシが倒れて大騒ぎになったことを知らないから、ひとくさりそれを話題にした。のんびり飲んでいていいのか、と仲間にたしなめられたが、いつも心配しているし、気になって仕方がない、今のシシは比較的落ち着いているから少しは気が楽なんだ、と言い訳する自分がおかしかった。ところが、こんなやり取りをしているとロクなことはない。焼酎をしこたま飲んで舞い上がっていると、ケータイにメールが届いた。娘からだった。 「シシが大晦日と同じで、バクバク状態なの。もう、飲むのはやめて、早く帰って来て」 「ヤバイ! シシがバクバク状態みたいだから、帰るわ」と言って先に帰ろうとすると、仲間たちもこれでお開きにしようと言い出し、そろって帰ることになった。 電車とバスを乗り継ぎ、あわてて家に戻ると、玄関にはシシが待っていた。酔っていたせいかもしれないが、そんなにひどい状態には見えない。 「シシ君、どうした? 大丈夫かい? 大丈夫だよね」 声をかけながら、やさしくシシの体をなでてあげる。すると一度だけ、かすかに尻尾を振ってくれた。その弱々しい尻尾の振り方は、とてもじゃないが元気といえる代物ではなかった。 ![]() 「全然、大丈夫じゃないよ。やっとのことで、玄関までヨロヨロ歩いて来たんだよ。パパが帰ってくるのを、ずっと、ずーっと待ってたんだよ。かわいそうに」 (シェパードのエルがそうだった。その時とまったく同じだ) 大晦日のことがあったから、私はシシが必ずもち直してくれるものと思い込んでしまっていた。 「大丈夫、大丈夫だよ」 酔った勢いもあるし、娘にそう言いながら、(もう少し、飲みたいな)と思って二階に上がった途端、「パパーっ、シシが大変! メッチャ、おかしいよ!」という叫び声で、すぐさま下に駆け降りた。シシはかすかに息をしている状態で、苦しそうに横になっていた。 「シシが死んじゃうよー! パパ、何とかしてよ!」 異常事態を目の当たりにした私は、必死の思いで「どうしたシシ! シシーっ、シシーっ、死んじゃダメだ! 起きてくれ、頼むよ、シシ君!」と声をかけ続けた。呼びかけても反応はない。心臓の動きもだんだんと間隔があいてきて、次第に弱くなっていくのがわかる。 やがて、その息も……、静かに止まった。 (どうしちゃったんだよ、シシ君! 死んじゃダメだ! シシ君、起きろよ! 起きるんだ! 起きてくれ!) |
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