第51回 シーズー犬「シシ丸」 いつもキミが、そばにいた
シシ君の育ったかつてのわが家にサヨナラの気持ちを込め、人間の葬式の時にするように、プォーンと軽くクラクションを鳴らしてから公園の外周道路に向かった。休日のせいか、走っている車の数は少ない。車を走らせながら公園を見やったが、知っている人の顔はなく、犬を連れて散歩する人の姿もチラホラだった。冬晴れの日で、時間が時間だし、めっきり冷え込んでいたから散歩に来る人も少ないのだろう。
(シシ君、ほら、大好きだった公園だよ。ここには、ほんとうによく通ったね。そして、ふたりでよく遊んだね) 公園が近づくと窓に鼻先を突きつけ、興奮して甘ったれた声を出すシシだったのに、今日のシシは何も反応してくれない。 (今ごろ連れて来てくれても、遅すぎるよ……) シシの怒っている声が、聞こえてきそうだった。 (ごめんね、シシ。そんなふうに言われたら、パパは何も言えないよ) シシが納得してくれるように、ゆっくり、ゆっくりと、公園を一周した。涙のカーテンで、目の前がよく見えなかったせいもある。このあたりでこんなことが、あそこではこんなことが……、シシとの思い出が走馬灯のようによみがえる。ママと娘のすすり泣きを耳にすると私も泣けてきて、時々、車を止めては涙を拭った。 でも、去りがたい公園、あまりにも思い出の多い公園にもそろそろサヨナラをしなければいけない。お寺に行く時間が決まっているのだ。 (しばらくは見納めだな。自分の気持ちの整理ができるまでは、この公園に足を向けることもないだろう……) 一緒に遊んでくれた仲間たちにも、シシにお別れをしてほしい気持ちはあったが、それはつらすぎる。公園に足を踏み入れることは、できなかった。 (みなさん、シシと一緒に遊んでくれたことを感謝します。ワンちゃんたちと元気に転げ回っていたシシは、昨夜、亡くなりました。みなさんのワンちゃんたちが、シシの分までずっと、ずーっと長生きできますように……) 心のなかで仲間たちにそう伝え、ブリーダーさんの家に向かう。昨夜、電話でシシが死んだことを伝えると、えーっ、と絶句して涙声になり、「勤めを早退して必ず家に戻っているから、火葬にする前にひと目だけシシの顔を見せて」と懇願されていた。私はそう言われなくても、シシが大好きだった自分の生まれた家、楽しい合宿生活を送ったブリーダーさんの家を見せてから、お寺に向かうつもりだった。 ![]() 車の後部座席に横たわり、目をつむったまま動かないシシに、ブリーダーさんは声をかけ続けた。 「シシーっ! シシーっ! どうしちゃったのよ」 大粒の涙が頬を伝っていた。ブリーダーさんに抱かれていたトロイも、シシの体の臭いを嗅いだ途端、ふだんとは明らかに違うことに気づいたようで急に態度が変わった。シシの死を悟ったに違いない。体を反転させ、プイと横を向いた。 「お寺はどこなの? 私も一緒に行くから」 場所を説明してから、一緒に乗って行けばと声をかけたが、 「そこなら、私、知ってるよ。すぐにバイクで追いかけるから、先に行ってくれる」 と言われ、兄弟分のトロイと最後の別れをするとシシの生家を後にした。 お寺に向かう。寺は、私の家から車で十分ほどのところにあった。知恩院別院・西信寺といい、動物専門の寺である。昭和の宰相・吉田茂の子息でエッセイストだった故吉田健一氏や、女優の浜木綿子さんの愛犬も葬られているという。シシを火葬している間、住職が墓地を案内してくれたが、私は上の空でほとんど何も聞いていなかった。 |
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